第27話 ナイラの過去


いくつかのスラム街を抜け、坂を登ると、眼下に積み上がった不法投棄物が現れた。

あらゆるガラクタが地面を覆い尽くし、横にも奥にも果ては見えないそれは、山というよりは、まるでゴミでできた砂丘だ。


至る所で火元のわからない煙がモクモクと噴き出し、山に近づくほどに刺激臭が鼻を突く。

遠くに見える切断された真っ赤な塔が不気味さを添えている。


北のゴミ山――

その場所は、国内で最も貧困の進んだ地域だった。


シバは博士から渡された拾ってくるものリストを取り出した。


メモの内容は、電子時計、いい感じの椅子、スピーカー、子供用飛行スニーカー、などなど……

それらに統一性は見られない。


「本当にこれ全部必要なのか?遊ばれてるだけじゃね?」


パジーが横から覗き込んで言う。


「どちらにしろ、とりあえず集めないと進みません」


シバはどこかウキウキしていた。


「広いね。どうやって探せばいいんだろ」ナイラが手を目の上に当てて、ゴミ山の遥か前方を見透かす。「先が見えない……」


「匂いもひっでぇしよ。鉄とか腐った卵とかがごちゃ混ぜみたいな……。なんとかなんねぇのかこれ」パジーが鼻を押さえて言う。


「この山は生ごみが少ないのでマシなんですよ。この辺りの人からは金の山って呼ばれてて、機械や貴金属を探す絶好の場所なんです」シバが言う。

「よく知ってるな」

「はい。昔、仕事でここに来たことがあるので」


シバは意気揚々と歩き出した。


「さ、行きましょう。本職が案内します」



   ◇



快晴の下、入口もないゴミ山を登っていく。


主に天空から不法投棄されたもので作られたその山には、電化製品や、シバたちが見たこともない道具が転がっていた。

足元に気をつけなければ、金属の破片で切ってしまいそうだ。


シバが「この辺りがいいです」と止まったのは、比較的真新しい家具が捨ててある区域だった。

三人で手分けしてめぼしい掘り出し物を探す。遠くでは、ボロボロの服を着たスラムの子供たちが同じように宝物を探し歩いていた。


会話もなく、黙々と探す……


「ナイラよぉ」


不意に、パジーの声が響いた。


「うん?」


ナイラが捜索を続けながら答える。


「お前、何で捕まってたのよ」

「え……?」


ナイラは顔を上げた。

シバも手を止める。


パジーは否定するように翼を振った。


「俺らは警官で、犯罪者を腐るほど見てきたから、どんな前科でも何も思わねぇ。ただ、あの博士とやらの反応は、まぁ……、異常だったからな。知っておく方がいいかと思って」

「……殺しはやってないよ」


彼女はまたガラクタの地面に戻りながら何気なく言った。


「ただ、殺し屋集団の中で、偵察の役割をやってた。そこが私の家だったから」

「家?どういう意味だ?」

「私は小さいときに親に売られて、殺し屋に育てられたの。だから家」


ナイラが淡々と話す。


「その人は、ミックスの孤児を育てて、暗殺組織に仕立て上げる人だった」


「はっ、無駄がねぇな」パジーが鼻で笑う。

「どういう意味ですか?無駄?」


ゴミ片手に首を傾げるシバに、パジーが説明を加える。


「ミックスは親が厄介払いしたくてしょうがねぇから、引き取るとむしろ金が貰えたりするんだ。しかも、その子供たちを教育すれば、後々仕事をして稼いでくる。ボロい商売だろ?」

「それは、人の血が通ってないです……」

「実際、あの人に心はなかったよ」


ナイラが神妙に頷いた。


「それに、そうなるように私たちにも求めた。慈悲を持ってはいけない。平然と嘘をつかなければいけない。共感してはいけない」

「人でなしの英才教育だな」

「その通りだよ。元々人とは言い切れない子供たちを、本当の人でなしにするの。でも、他の生き方を知らなかった私たちは、その通りに生きた。沢山工夫をして、沢山殺しの手助けをした。捕まったときには関わった事件が多すぎて、アンナが間に入ってくれてなければ、既に極刑でこの世にいなかっただろうね」


淡々と語り、手も動かし続けていたが、ナイラの体は先ほどから同じ場所から動かなかった。


「だから私、出所したときに決めたの。せめて、せめて、これからは一人で生きて、誰にも迷惑をかけないように人生を終わろうって。それが自分への罰で、せめてもの償い」

「勿体無いですよ、一人でいるなんて」


シバの言葉に、ナイラは怪訝そうに眉を顰めた。


「……シバ、話聞いてた?私には普通の生き方はもう許されないの」


「そんなことないですよ。刑期を終えたってことは社会的には償いは終わったってことですし。その後は、人に感謝される生き方をした方が、みんなも自分も幸せじゃないですか」

「……パジー。こいつ話がわからない」


ナイラがパジーの方を向く。が、パジーは肩をすくめて答えた。


「今回は、俺も珍しくシバ側だな。バカだけど、間違っちゃいねぇよ」

「もし一人でいようとしても、これからは本職が一緒にいます。絶対一人にしないですから」シバが宣言する。


「なんでそこまで……」

「だって!」


シバが拳を力強く握って言った。


「この世には、何回捕まっても人に迷惑をかけ続ける奴らが山ほどいるんですよ?反省してる人にはすぐ社会復帰してもらって、世界に良い人を増やさないと。我々警察だけでは世界を安全には出来ません!」


ナイラは呆然とした後、シバを指差してもう一度パジーに聞いた。


「……これ、マジで言ってるの?」

「大マジだろうな」

「アンナが言ってることが分かった」


ナイラが腰に手を当てて言った。


「こういうことね、面倒くさいって」

「え⁉アンナがそう言ってたんですか⁉」


ショックを受けるシバの顔を見て、ナイラは小さく吹き出した。


「な、なんで笑うんですか!」

「だってなんか、全部バカバカしくなっちゃったんだもん」


彼女は笑いながらシバに告げた。


「……この仕事バカ」

「パジー。これ、褒められてるんですかね?怒られてるんですかね?」

「微妙なところだな」


パジーが羽の毛繕いをしながら言った。


「さ、お前らゴミ拾いに戻れ。時間ねぇぞ」


それから数十分、三人はゴミの上を彷徨い続けた。



――――――――――――――――――――


次話、イカれたチンピラどもを紹介します。






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