第24話 幸せな人


『課長すいません!先ほどの書類、記載ミスがありました!責任取ります!』

『ウカ!お前それ離せ!さすがに洒落になってねぇ!』聞き覚えのある声が怒鳴る。

『怒ってないから拳銃を置きなさい』落ち着いた声が諭していた。


「なんだか騒がしいね」


ナイラが頬杖をついて言う。


「多分ウカさんが騒いでるんです」

「ウカ?」

「本職の先輩です。痛いことと危険な現場が大好きで、公務災害クイーンって呼ばれてます。静かなときは大体口内炎を噛んで楽しんでます」

「……イカれた仲間を紹介してくれてありがと」

『シバくん、お疲れ様。アンナです』


騒動が落ち着いたのか、声がこちらに語りかけた。

ゆったりと優しい口調だ。


『パジーから話は聞いたよ。羽の件は、こっちでミックスの前科者リストと合わせてる最中。でも時間がかかりそう』

『まず一晩じゃ終わらねぇや』


恐らくパジーの声だろう。横から口を挟んでくる。


『代わりに、ウカが次に繋がりそうな情報を取ってきたから代わるね』


アンナが言うと、伝話鳥が再び泣き喚いた。


『中途半端な情報でごめんなさい!腹切ります!』

『切る前に内容を教えてあげてね』アンナがサラッと口を出す。

『はい……』


ウカは寂しそうな声で話し始めた。


『今ね、東区に言語とか音響の研究で権威だった博士が住んでるんだって。元々空の研究所にいたんだけど、数年前からこっちに住んでるみたい。その人に頼んだら、もしかしたら、シバくんの聞いた声も再現できるんじゃないかな』


ナイラはシバと顔を見合わせた。

もし声の再現が可能ならば、ナイラが声を知ることができる。そうすれば、察知できる範囲は一気に広がる。


『ドクター・クーって言えば、近所の人はみんなわかるって。放浪癖があって基本捕まらないそうなんだけど、最近は朝四時にドド橋沿いの原っぱで何かやってるらしいんだ。だからそこに行ってみて。ここまででごめん。痛――ッ♡ハァン♡』

「いえ、助かりました!」


シバが快感に悶える鳥に返事をする。


アンナの声が再び前に出た。


『そう言うことだから、ナイラにも伝えてあげて。パジーとはドド橋で落ち合って』

「了解!」


シバが答えると、鳥はスッと目を閉じ、またフラフラと船を漕ぎ出した。

ナイラは腰を上げた。


「東区に向かう時間も考えると、ほぼ仮眠だね。シバも早く寝た方がいいよ」

「はい。では本職はこれで」


そう言ってシバは立ち上がったが、今しがた破壊した扉を振り返って固まった。


「あの……。鍵、どうしましょう?」

「別にそのままでいい。今度買ってくるから」

「そ、そうはいかないですよ!この辺りは犯罪率も高くて危険です!つい先日も、夜間の強盗事件が起きたばかりですし……」

「一晩くらい平気。私、索敵と逃げ足だけは自信あるから、自分の身くらいは自分で守れる。今までもそうやって生きてきたし」

「本職、ここで寝ます」


シバは扉の前まで歩いていくと、座り込んで言い放った。


「……話聞いてた?」

「守るべき市民を危険に晒したのに、職務を放棄して帰るなんてできません。特に単身女性は犯罪に遭う確率が高いんです。いつでも警護できるよう、ここにいます」

「だから余計だって……」

「本職のことはお気になさらず。おやすみなさい」


言うが早いか、シバは目を瞑ると、すぐに眠り始めてしまった。


「……女の家に押しかけて寝ていく方が事案だと思うけんだど」


ナイラは呆気にとられながら彼を見下ろしていたが、踵を返すと、引き出しからタオルケットを引っ張り出し、シバにかけてやった。

何の反応もない。たった数秒で、完全に夢の中に堕ちてしまったようだ。


バスタオル姿のままシバの前に座り込むと、彼の無防備に眠りこける顔を覗き込んだ。

指で頬をつついてみるも、一向に起きる気配はない。


ナイラは呆れつつ、羨ましそうに笑った。


「幸せな人……」





― 第2章 地上 おわり —



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