引きこもり親戚と対峙する

 子猫にはアユムくんが「チビ太」と名前をつけた。獣医さんに連れていったらちょっと痩せているけれど健康、と言われた。1週間くらい経ったらワクチン注射を受けに来てください、一発5千円です、1ヶ月後にもう一発打ちますと言われた。ヒエエとなったがススムの経済状況ではこれしき痛くも痒くもないのだった。


 それから少し経った日曜日、アユムくんがチビ太と猫じゃらしで遊んでいるのを眺めつつ、わたしもすっかり東京に慣れたなあ、と思っていた。

 おやつを買いに出かけたり、住所を尋ねられてさらさらと返事をしたり、オットとしてサラッとススムの名前を言ったり、無駄に画数の多い篠山という名前を確認しないで書けるようになったのだ。これはもう名実ともに篠山家の人間と言って大丈夫ではないだろうか。


 問題はアユムくんをススムから引き離して施設にぶち込もうとしている親戚といつエンカウントするかわからない、ということである。わたしはそのあたりの能力が極めて低いので、怯えてなにも言えないのではないか、という気がする。


 ススムが「おおおー」と声を上げた。テレビには将棋えねっちけー杯が映っている。どうやら劣勢だった棋士が一手で状況をひっくり返したらしい。評価値がぐいーんと逆転する。

 ススムは楽しい教材を作るのが仕事なので、将棋や囲碁をよく見ている。わたしは囲碁のルールを知らないので、とりあえず将棋は一緒に観る、という感じだ。


 そのときだった。


 ピンポーン、と玄関チャイムが鳴った。泉さんは日曜日は来ない。インターフォンを確認すると、目つきの悪いオバさんがこちらを睨んでいた。

「ススム、」

 そう声をかけた瞬間ドアがドンドンと叩かれた。アユムくんは怯えた顔をしている。ススムが立ち上がって、


「アユム、自分のお部屋にチビ太を連れてって出てくるな。あおい、いこう」


 と、決意の決まった顔をした。


 どうやらこの人がヤバい親戚らしい。玄関に出ていくと、親戚は、


「アユムは学校に行ってるの?」


 と強い口調で尋ねてきた。わたしは引きこもりなりたてのころに「なんで学校にいかない」と責めてきた祖母を思い出していた。結局祖母も諦めたわけだが。


「学校にはまだ行けていませんが、ちょっとずつ外に出られるようにはなってきました。あ、これがあおいです」


「初めまして、あおいと申します」


「ふぅん……」


 親戚はわたしの嫁力を値踏みするように、わたしを眺めて、


「家事なんかしない人の手、子供の手ね」


 と冷たく言い放った。さすがにカチンときた。

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