引きこもり共感する

 ススムはすぐ電話に出てくれた。こういうことになったんだけど、と説明すると、


「そうかあ……実は、アユムとホームセンターに行くとずっと猫を見ててな……でも19万8千円とかってほいっと出せる額じゃないから、ついダメだ、って言っちゃったんだよ」


 と、事情を話してくれた。


「じゃあもしこの猫ちゃんが探されてるとかじゃなかったらもらってきていいのね?」


「うん。しばらくは警察で預かるんだろうし、もし飼えるなら必要なものを揃える余裕はある」


「分かった。それじゃなにかあったら連絡するね。仕事中にごめんね」


「大丈夫。いまはちょっとコーヒー飲みながら休憩してたとこ」


 そうだったのか。安堵する。


 交番に戻ると、おまわりさんはあちらこちらに電話をかけて、猫の遺失物とか猫の窃盗とかそういうことがなかったか確認してくれていた。


 交番の壁には、「動物を捨てるのは犯罪です」というポスターが貼られており、アユムくんは緊張の面持ちである。小声でわたしに聞いてきた。


「あおいさん、猫ちゃん捨てた人は捕まるの?」


「どうなんだろう。だれが捨てたか分かれば捕まるんじゃない?」


「そっかあ」


 アユムくんは頷いた。


 どうもこのアユムくんを見ていると、小さいころの自分とダブって見える。過度に大人のことを気にしたり、大人の社会の仕組みに怯えていたり。

 もしかして学校に行きたくないという体質も、わたしが引きこもりをしていたことと似たようなことなのかもしれない。ぼんやりそんなことを考えていると、


「お母さん、じゃなかったお姉さん。この子猫は、いったんこの交番で預かって、まわりのことを調べます。調べがついて飼う人がいないと分かったら連絡いたしますので、電話番号をこちらによろしいでしょうか」


 と、おまわりさんに言われた。自分のスマホの番号というのは覚えていないものだ。どうにか連絡先から引っ張り出して、差し出された紙に電話番号を書く。


「じゃあ、アユムくん、帰ろっか」


「うん。猫ちゃんの名前、どうしよっかな」


 2人でうきうきとマンションに帰ってきた。


 まだ決定したわけではないが、「猫 飼うのに必要なもの」などとググり、とにかくたくさん設備がいることにヒエエとなる。お昼ご飯を食べて、アユムくんとゲームで遊んで、ススムから預かっていた試作品の歴史ボードゲームで遊んでみる。一応勝って大人の面目を保った。


 そんなことをしているうちにすっかり夕方になった。アユムくんは眠そうな顔をしていて、少ししてススムが帰ってきた。


「兄ちゃん最近早く帰ってくるね」


「会社で結婚したって言ったら早く帰れって言われるようになっちゃって。猫拾ったんだって?」


 わたしは泉さんの料理をレンチンしながら、


「しばらくしたら警察から連絡が来るみたいで」

 と答えた。


 次の日、警察から「ホームセンターの防犯カメラで捨てた人間が分かって捕まった、完全に捨て猫だったから迎えにきてほしい」と連絡がきた。それをススムに連絡したら、キャットケージだとか猫トイレだとかは買って車に積んで帰るから、と言われた。

 わたしはアユムくんと交番に向かった。子猫はなにも怖いことがないのかへそ天で寝ていた。


 そしてこの子猫が篠山家の救世主となることを、わたしたちはまだ知らなかった。

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