引きこもり猫に恩返しされる

 わたしがカチンときていることを察したのだろう、ススムは真面目な口調で、


「僕はあおいを労働力だとは思っていません。人生の伴侶です。そして歩の保護者です」


 と答えた。


「こんな頼りない人に、保護者が務まるの? やっぱり施設に入れるべきよ。あなたがたじゃ、親は務まらない」


「歩は僕の弟なので、はなから僕たちは親ではありません」


「子供には強い保護者が必要なの。子どもを育てたことのない人にはわからないでしょうけどね。あなたがたには無理よ」


 親戚が言いたい放題するが、変なことを言って墓穴を掘ったらいけないとわたしはこぶしを握りしめて俯いていた。


 そのときだった。アユムくんの部屋のドアが、からから……と開いた。


「あっ、チビ太、そっち行っちゃだめだ!」


「にゃーん」


 チビ太はどうやら引き戸の開け方を覚えたらしい。るんたるんたと玄関に出て行く。親戚は凍りついたような顔をして、


「ね、猫?!」と裏返った声で言った。


「……どうしました?」


 わたしがそう尋ねると親戚は、


「猫って害獣なのよ?! なんでそんなもの飼うの?! 恐ろしい! もう2度とこない!」


 と言ってそそくさと逃げていった。


 なんとチビ太のおかげで、篠山家に忍び寄る悪を一つ滅ぼすことができたのである。おそらくもう2度と来ないだろうね、とススムは笑った。


「あの親戚、なにか猫にトラウマでもあるの?」


「さあ。縁を切るわけだからどうでもいいでしょ。さて……お、勝ってる勝ってる」


 ススムの推し棋士が逆転勝利したらしい。わたしはお昼に食べるものをレンチンする。アユムくんはチビ太をかかえてニコニコしている。


「これで、兄ちゃんとあおいさんと、ずっと暮らせるんだよね」


「そうだぞ。お手柄だなあチビ太」


 ススムはチビ太に頬擦りしようとして激しく猫パンチされていた。チビ太はけっこう聞かん坊だ。


 レンチンした料理をテーブルに並べる。この家の電子レンジは実家のそれとは違い高級品なので、温めすぎてパサパサになるとか温めが足りなくて底が凍ったままとかそういうことがないし、泉さんもレンチン前提で食事を作ってくださるのでとてもとてもありがたい。


 みんなで食事をした。チビ太がチョッカイを出そうとするのでケージに入れた。


 とても幸せな家族がそこにあった。ちょっと変わった関係だけれど、だれにも打ち壊せない、すごくすごく幸せな家族だ。


「そうだなあ、きょうは夜、外食しようか? すごくおいしいインドカレーのお店を開拓したんだ。でっかいナンがとってもうまいんだぞ」


「ほんと?! からくない!? 大丈夫?!」


「へえ、さすが東京。行ってみよっか。チビ太にご飯を作ってからだけど」


 これを幸せな家族といわないで、なにを幸せな家族と言うのだろうか。わたしはそう思った。

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