策謀【ティナ視点】

<ティナの描いた光景> 



「ち、がいますの?」



 高笑いしていたご令嬢が、明らかに狼狽えている。


 彼女はゲームの通りに、事が進むと思っていたのだろう。



 でも、気づかなかったのだろうか。


 ハーピーがいないことの、意味に。



 ヒロイン・ティナへのいじめは、自称親友のハーピーが。


 針小棒大に王太子に報告したことだ、ということに。



 正直、あなたがそれに気づいていないとは、思えないのだけど。


 呆れるほど読み込むし。考察魔だし。


 知ってたんじゃないの?



 ハーピーは、魔王の送り込んだ刺客だ。


 彼女の存在ゆえ、この後のヒロインたちの道行きが、非常に厳しいものになる。


 国の要であるアングレイド侯爵家が没落したのだって、彼女の企みによるものだ。



 これは本編では語られていないが、メディアミックスされた小説版で明らかになった事実。


 魔王視点で、ドマイナーな出版社から出たものなので。


 魔王に興味がなかった彼女が知らないのは、無理もないが。



 小説、嫌いだったしね。


 勧めても読まないんだもの。


 出たばかりなので、私もほとんど読んでなかったけれど。



 ハーピー推しだった彼女。


 その情報を教えようと思って送った、メッセージに。


 既読がつくことは、なかった。



 爆発事故に巻き込まれたなんて、未だに信じられない。



 私?私はすぐに後を追った。


 家族もいなかったし。私には、彼女しかいなかった。


 まさかゲームのヒロインに転生させられるとは、思ってなかったけど。



 彼女が「前口恵美」だと気づいたのは、ほとんど勘だ。


 一応、根拠らしきものはあるけれども。



 まずハーピーがいないことに、明らかに愕然としていたことが挙げられる。


 次に、ヒロイン・ティナとの接触を、病的に避けていたことだ。


 彼女でなかったとしても、ゲームを知らなければラフィーネ嬢がとる行動ではない。



 確認は、後にたっぷりとさせてもらった上で。


 恵美でなければ……どうしよう。


 考えていなかった。



「お前と関わりのある、コール家、タイル家、ゴーツ家それぞれに。


 横領を始めとした犯罪、さらにアングレイド家を中心とした国家反逆の疑いがある」



 断罪が進んでいる。


 そう、断罪。


 ゲームでは「婚約破棄イベント」。



 聖女たるティナを虐めるお前など、婚約者として相応しくない!


 という内容だ。



 だがこの現実は、違う。



「んなっ!?そんな、証拠など……」


「ある。十分に集めさせてもらった」


「はぁ!?そんな、馬鹿な」



 でっち上げである。


 ハーピーがやっていたことを、被ってもらうことにした。


 そうしないと、それらの罪状は王太子たちに降りかかる。



 当然、私の実家にもだ。


 うちはハーピーの面倒を見ている。


 必ず巻き添えとなるだろう。



 両親には、十分な情と、恩を受けた。


 私の家族になってくれた人たちに対して、恩を仇で返したくない。



 今後を見据えて、国からの脱出は進めてもらっているが。


 大きな罪の渦中に巻き込まれると、それは難しくなる。


 適度に、国にいられないようにしなければならない。



 魔王はいずれ討伐されるし、その戦いはもう始まっているけれど。


 決戦の舞台となるのは、この国。


 もたもたしていると、私のこちらの家族は、みな死んでしまう。



 ハーピー自身?


 第一王子が懐柔して、いま魔王軍と戦ってる。


 情報を知っているせいか、大した戦果だそうで。



 元々、彼女が動いていた動機は、魔王への復讐。


 この辺りは、小説の序盤にあった。



 彼女は家族を殺された恨みを晴らすため、機会を伺っていたようだ。


 王国と魔王を激突させることで、それを叶えようとしていて。



 この現実では、その本懐を自らの手で果たしている最中だ。



「魔王との内通嫌疑もある。捕えろ!」



 警備に紛れて用意されていた兵たちが、四人を囲む。


 …………魔王との内通?それは聞いた覚えが、ないけれど。はて。




 考え事をしていた私は。


 この時、一つ大事なものを――――取り押さえられている彼女の、表情を見逃していた。

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