第30話 戻っちゃダメだ! 見捨てなきゃダメだ! 先に進まなきゃ!

 社に向かう七つの道のひとつを僕たちは駆けていく。


 妖精の華の前には真っ赤な魔動歩兵が一体、竜源装の盾を構えて待ち構える。僕たちの後ろを走っていた、九の字たちが僕らを追い越して、


「アタシたちが先に行くね。押さえ込んでる間にすり抜けるんだ」


 言って、あっという間に先行する。


 一昨日のヨヒラ島襲撃時、僕はまだ竜源刀などほとんど使えなかったからまったく気づかなかったけれど、九の字たちの班は皆、竜源装の扱いが熟練していて、僕たちが数歩進む間に数十歩の距離を平気で進んでいく。


 九の字たちの戦闘が始まる。


 魔動歩兵はすぐさま竜源装の盾を構え、左腕を刀のように伸ばして応戦した。


 一昨日とは違う。


 思えばあの時、手足のみが真っ赤な魔動歩兵にさえ手こずっていた九の船の船員ではあったけれど、ここに来る道中の魔動歩兵は全て黒いシミになっていたし、それにいま、全身真っ赤な魔動歩兵に相対してもまったく遅れをとっていない。


 九の字は班としての、つまり集団戦の立ち振る舞いをして、見事に連携する。


 僕たちが近づくと、エスミが全力で魔動歩兵の左腕を押さえつけ、身体から伸びたツタを九の字が弾き落とす。他の守護官はそこから漏れたいくつかのツタを逸らして、僕たちのところにはまったく攻撃が届かない。


 魔動歩兵の隣をすり抜けるとき、九の字が言った。


「託したよ!」

「はい!」


 僕たち四人は怪我一つなく竜力の消費なく、真っ赤な魔動歩兵の背後に回って、そのまま華の方へ一直線に駆けていく。


 視界の端、左右の道で魔動歩兵たちがこちらに向き直るのが見えるけれど、それぞれ守護官が全力で押さえつけているのが見える。竜源弓を持っている魔動歩兵すら、完全に押さえ込んでいて、この道に邪魔が入ることはない。


 ただ、時間なんてものはない。


 一気に片をつけなければ、真っ赤な魔動歩兵に守護官たちが弾き飛ばされて、こちらが襲われる。


 妖精の華はもう目の前だった。根元付近に見える元は魔動歩兵だった腕、そこに握られた柄まで金属でできた槍を破壊すればそれで片が付く。


 一気に島を取り戻して妖精の華の素材を手に入れる。


 コハクを、魔法の暴発から守る。


 ナキに身体を託すのではなく、僕が竜源刀を使って走る。ナキよりも僕の方が竜源刀の力を引き出せる以上、同じ走力をより少ない竜力で引き出せるという算段だった、


 が、


「あんた今度は先出過ぎ!」


 ネネカが叫んで僕の前に出て僕は後ろにさがる。


 これでも努力してるつもりだけど、竜力を抑えながら走るのは結構辛い。ふと気を抜けばこうしてやり過ぎて僕だけが先行してしまうし。


 ナキに任せればもっとうまく走れるだろうけど、さらに竜力がなくなる。竜力が枯渇してしまいそうになる。


 だからこれが、最善手なんだ。

 そう言い聞かせる。


 巨大な妖精の華は、その大きさ故に遠近感を完全に狂わしていて、今僕たちがどれだけ近づいているのかわからない。


 ただ、その影を踏み越えたことから着実に近づいているのはわかっていた。


「ヒイロ! 上!」


 とそこで、突然スナオが叫んで、僕たちは一斉に空を見上げる。


 そこに空はなかった。


 口のような大きく開いた花弁が首をうなだれるように僕たちの方を向いていて、茎の中を何かが昇ってきて、そして、華に達すると、何かが僕たちのに落ちてくる。


「走っ――」


 と、叫んだネネカの声がそこで途切れる。


 僕たちは落ちてきた魔動歩兵に気をとられて、歩幅が小さくなっていた。

 いや、立ち止まってしまったと言っていい。


 身体はほぼ静止し、反応から運動までのその間にわずかに隙が生まれる。


 落ちてきた魔動歩兵は、竜源刀を発動させて《身体強化》を使い、突如としてツタを伸ばすと、一番後ろの僕ではなく、先頭を突出して走っていたネネカの足を絡め取って、ぐんと引っ張った。


「あ」


 という、ネネカの驚きの声が遠ざかり、勢いそのまま、ネネカは宙に投げ飛ばされる。


 彼女の身体は上方ではなく下方に投げ飛ばされていて、社へと続く道にしたたかぶつけられた。


 頭から、ぶつけられた。


 足を掴まれて投げられ上半身を大きく振ったネネカは、受け身などとれるはずも無く頭を強打し、まるで、坂を転がり落ちるように魔動歩兵の後方を跳ねて、最後はうつ伏せに寝転がった。


「うう、あ」


 ネネカが埋めく声。


「ネネカ!」


 ユラが叫び、戻ろうとしたが、その肩をスナオがぐっと掴んだ。


「戻っちゃダメだ! 見捨てなきゃダメだ! 先に進まなきゃ!」


 スナオが今まで発したことのない声量で、見たことのない苦しみを顔に浮かべて、言う。


 ネネカのことを嫌っているとは思えない、犬猿の仲とは思えない、むしろ、失いたくないというのがはっきりわかる表情で。


 対して、ユラは完全に取り乱していて、


「…………ネネカを助ける。ネネカがいないとダメ。ネネカを助けないと! スナオだって助けなきゃって思ってるんでしょ!」

「思ってるよ! でも妖精の華が!」

「…………わたしには、ネネカが……!」


 班の崩壊。


 魔動歩兵は次の攻撃を繰り出して、スナオがギリギリで弾く。

 ユラが前に出ようとしてスナオに引き留められて、口論になる。


 進めない。このままでは……。


 でも、


 この魔動歩兵を僕が倒せば、先に進めるだろう。


『それはダメです。竜力が足りなくなるのは確実です』


 ナキの言うとおりで、それはわかりきっていることだった。

 僕が一人で妖精の華を討伐できるかと言うとそれも疑問だ。


『一昨日倒したとき、弓は狙いを定めるとき止まっていたので掴めましたけど、槍は振り回して使うものですからね。それができるなら、素手で槍相手に戦えます』


 その上、竜源装を発動した魔動歩兵の反応も素早さも桁違い。例え僕が竜源刀を発動した急速な突進をしたとしても、すぐに捕まってしまうだろう。


 僕一人ではダメだ。

 未熟な僕一人だけでは、まだ、妖精の華を倒せない。



 コハクを守れない。



 思えば、最初に魔動歩兵を倒したときだって、エスミがギリギリまで弓の軌道を逸らしていたし、あいつの狙いはそもそも僕ではなかった。


 それに直前まで九の字が他の魔動歩兵を倒して、あの場には真っ赤な魔動歩兵しかいなかった。


 僕がやったのは最後の一手だけ。そこに至るまで九の字とエスミの手助けがあったはずだ。


 僕は思う。

 九の字に託されたことを思う。


 理想で人は救えない。救えるのは自分の心だけ。


 そういいながら、自分は英雄などではなく妖精の華のために九の船の船長をやっているだけだと言いながら、九の字は船員を守ってきた。


 託して、

 託されてきた。


 大切なものを。

 守りたいものを。


 それがスナオたちにもあると九の字は言った。


 背負っているものがあると。


 具体的になんなのかは解らない。


「お前らが守りたいものがなんなのか僕には解らない」


 ユラとスナオが僕の方を一瞬だけみた。


 すでに魔動歩兵は仲間割れをしている僕らに攻撃するのを止め、様子を窺っているが、刀は構えているし、ツタだって準備している。


「解らないけど、でも背負ってんだろ。一人で持つには重すぎるものを必死になって背負って守ろうとしてんだろ」


 僕がコハクを守るように、

 九の字が目を隠しながら船員を守るように、

 ユラとスナオがこんなにも取り乱すくらい、ネネカの存在も、その裏にある僕にはわからないものも彼女たちは背負っている。


「僕にだってある。コハクを守るためならいくらでも背負う覚悟がある」

「…………だからネネカを見捨てろって言うの?」


 ユラが僕を睨む。


「ちがう。一人で持つには重すぎるなら、仲間のを背負う代わりに自分のも任せればいい。目指すものがひとつなら、重さは軽くなる」


 九の字はそうやって今までやってきた。それぞれの心にある思いは違えど、目指すものは一つだから、九の船はそうやって九の字を助け、九の字に助けられてきた。


 互いに助け合ってきた。


 僕は言う。


「そのためにネネカを見捨てはしない。だけど

「え? 何言ってんのヒイロ」


 スナオが眉間に皺を寄せる。





「魔動歩兵を無視して、ネネカを背負って先に進む」


――――――――――――――


次回は明日12:00頃更新です。

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