第29話 さて、じゃあ戦闘のお時間だよ。

 小竜の墓、すなわち社があり竜の血が噴出する湖にたどり着いたのは日がこれでもかというほど高く上がった昼のこと。僕たちは建物の上に登り、周辺の様子を隠れながら確認した。


 湖を囲うように真っ赤な魔動歩兵は四体から七体に増えており、さらに眼下には十数体の手足のみ赤い魔動歩兵がいる。


 そして、湖を越えて社に向かう七つの道の一つ、最も広いその場所には、確かに、妖精の華が咲いていた。


 真っ赤なそれは、僕には彼岸花のように見えた。


 花弁は細く、ツタが何かを飲み込むために大きく口を開いているかのように、円形に広がっている。茎からその下に根があって道に張り巡らされ、湖の中に沈んでいく。


 元は魔動歩兵だったのだろうと窺わせる部分はすでにその腕を残して他になく、長い槍が握られていた。


 アギトと同じく槍か。

 どうやって捕まえればいいんだろう。


 九の字は僕たち四人に近づくと、


「さて、ヒイロ班準備はいいかな?」

「ネネカ班!」

「ネネカ班でもいいけどさ、お話しさせてよネネカちゃん。でね、妖精の華の竜源装は槍で、あれをヒイロ君に壊してもらうってのが第一作戦なンだけどね、問題はどうやってヒイロ君があれに触れるかってことなンだ」


 そこで九の字は僕以外の三人を見た。


「そこで、君たち三人だよ。超接近戦に慣れてる君たちはさ、他の人より第三限の《感覚操作》が優れてるでしょ? 一般的な言葉で言えば、反射神経がずば抜けてるって感じかな。アタシは君たち三人をそう評価しているンだけど」


 竜源装の「限」は限界の限で、扱えればその分だけ人の限界を超えたという意味を持つらしい。


 第一限身体強化

 第二限身体回復

 第三限感覚操作


 と来て、第四限が固有能力の発現。


 ユラの固有能力が《超回復》だったはずで、第二限の《身体回復》との違いは《超回復》は他人を治せる上に、回復力も桁違い。


 ものすごく痛いけど。


 第三限の《感覚操作》は痛みを軽減したり、反射速度をあげたりできるんだったか?


『その理解で間違いではありません』


 と、ナキが保証してくれる。


 たしかにネネカとの手合わせで、僕がいくら走ってもネネカの定めた狙いはまったく僕から外れることがなかった。まるで未来予知でもしてるんじゃないかってほどに追従して来ていた。


「ふふん! まあね!」


 そのネネカは得意げに胸を張る。


 九の字はうんうんと頷いて。


「だからきっとね、三人なら、その《感覚操作》で、反射速度の向上で、槍を捕まえられるンじゃないかって思うンだよ」

「あたしひとりでできるわよ! こんな好戦的七光りなんかいらないわ!」

捕まえられるンじゃないかって思うンだよね」


 九の字は念を押すように、釘を刺すように言った。


「ネネカちゃんに限らずだけどね、単独行動をすれば、誰かを傷つけることになるかもしれないンだよ。一人で突っ走って、戦闘不能になればそこから先は誰も守れないンだよ」


 一昨日の戦闘ではネネカはまさにそれで真っ赤な魔動歩兵に突っ込んで戦闘不能になっていたらしいからそのことを言っているんだろう。


 そう思ったけれど、ネネカだけではなく、僕の他三人は九の字の言葉を噛みしめるようにして、頷いていた。


 思うところがあるのだろう。


「さて、じゃあ戦闘のお時間だよ。途中の魔動歩兵は無視して突き進むンだ。アタシたちが足止めするからね。君たちは妖精の華に全力を注ぐンだよ。ヨヒラ島を取り戻すために、ね」


 九の字は言って、秋波しゅうはを送るように片目を閉じて僕に合図した。


(妖精の華から素材を得るためにね)


 九の字の含むところ、そして、本来の目的を僕にだけ示すように。


「アタシが信号弾を上げたら、一斉に飛びかかる手はずになってるよ。もうすでに周りの建物に皆待機してるからね。ここから跳ぶことになるけど、跳べないヒイロ君はアタシが運んであげよう」


 船から船へ、建物から建物へと跳ぶ技術は本当に守護官の基本なんだとつくづく思う。


 できるようにならないとな。


『そうですね! 妾と訓練しましょう! たくさん訓練しましょう! あと今すぐ九の字から飴玉もらってください!』


 緊張感皆無かよ。


 今から戦闘なの!

 集中できなくなるだろうが。


 ただでさえ飴玉のせいで、僕もお前も魔動歩兵の接近に気づかなかったんだからさ。


 飴玉禁止だ。


『うう……、飴玉ぁ。じゃあ早く終わらせましょうよ。妾飴玉のためなら全力で頑張りますから。主人様がコハク様のために頑張るように』


 コハクと飴玉を同列で並べやがったなこら。

 飴玉より先に辛いものばっかり食ってやる。


『辛いのも苦いのも大歓迎ですよ!』


 痛みですら喜んでたのを忘れていた。

 あくまで味覚であれば何でもいいんだな。


 何でも初体験だもんな。


『ですです! なんなら足でも舐めますよ』


 止めろよ絶対。


 僕が舐めることになるんだからな。


「ヒイロ君、じゃあ行こうか」


 僕がナキと話している間に九の字たちはすでに準備を終えていて、彼女の手には信号弾が握られている。


 糸を引くと筒から光の球が発射される仕組みのものが多いけれど、九の字のものは糸がなく、代わりに竜火石が装填されているみたいだった。


 ここに来るときのように僕を背負って運んでくれるのだと思っていたのに、なぜか、九の字は僕を抱きしめる形で胴に手を回し、信号弾を空に向ける。


「出陣!」


 パンッ、


 と音がして、真っ赤な信号弾が空に打ち上がる。


 小竜の墓、その周りにある建物の上が一斉に青く光り輝き、次々に守護官が飛び出して、社へと続く七つの道へとそれぞれ向かう。


 真っ赤な魔動歩兵が番人のように待ち構えるその場所へと。


 僕のいる建物の周りでも次々に守護官が飛び出していく。

 それを見ていた九の字はネネカたちを振り返って、


「行くよ!」


 言って、飛び出した。


 僕の腰に回された手にぐっと力が込められる。


 僕を運んでいようとも、安定した跳躍で、小竜の墓にたどり着いた時も、僕にはまったく衝撃を感じさせずに着地した。


 すでに周りでは戦闘が始まっている。


 僕たちの前の道には、番人の赤い魔動歩兵が、そして、その先には妖精の華が空を喰わんとするように花弁を広げて立ちはだかっている。


「ヒイロ君、ネネカちゃん、ユラちゃん、スナオ君」


 九の字は僕から腕を離すと、僕たち一人一人を見て、言った。


「第一作戦は、君たちに託したよ! 振り返らずに進むンだ! 後のことは、アタシたちに任せてね!」


 九の字の班がヒイロ班の背中をそれぞれ叩く。


「さあ走れ! 走れ走れ! 君たちが一番得意なことで、ヨヒラ島を救うンだよ」


 大きく、声を出して応えた僕らは、


 妖精の華に向かって駆け出した。


――――――――――――――


次回は明日12:00頃更新です。

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