第28話 許しません。許しません! 絶対に許さない!!
いつの間に接近していたのか、飴玉に気をとられていた僕とナキはまったく気づかなかったが、建物の上をぱかぱかと走ってきていた魔動歩兵が跳び上がり、僕たちヒイロ班の間に落下してきた。
ちょうど、僕の真ん前に。
運の悪いことに、その魔動歩兵はどういうつもりなのか、いつもは身体に巻き付いているはずの黒いツタを髪を振り乱すように、枝葉のように身体から伸ばしていて、着地と同時に軽く振り下ろした。
そのひとつが、僕の腕、飴をつまんでいた手のひらに当たり、当然ながら飴は弾き飛ばされ、地面に転がる。
「あ」
とナキが呟いた瞬間、魔動歩兵は自分を鼓舞するかのように、地面を踏みしめるように赤い足を鳴らして咆吼を上げた。
飴玉は踏み潰された。
「あああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああああ!! 妾の飴玉あああああああああああぁぁぁあああ!」
僕の耳には魔動歩兵の咆吼なのか、ナキの絶叫なのか判別がつかない。
と言うかだから僕の口で叫ぶなっての!
幸い魔動歩兵の咆吼に隠されて僕の声はほとんど周りには聞こえていなかったらしく、一人称が妾になっていたのも不審に思われなかったらしい。
気づいていたけれど魔動歩兵のせいでそれどころじゃなかったという説もある。
『許しません。許しません! 絶対に許さない!!』
ナキは刀を構えようとしたが、僕が身体の主導権を奪って無理矢理止める。
やめろ馬鹿!!
竜力を無駄にするな!!
『だって! だってだってだってだって!! うううううううううううううううううううううう!!』
ナキが呻くなか、スナオは僕を魔動歩兵から少し離れた場所に連れてきたけれど、そこで背負っていた僕をほぼほぼ落とすようにして下ろした。
「ぐえ!」
尻餅をついた僕は「危ないだろうが」とスナオに文句を言おうとしたけれど、彼の顔をみてその言葉を飲み込む。
目がらんらんと輝いている。
それはいつか鍛冶場が竜火石の過剰によって火事になりかけた時と似ていた。
――すっごく綺麗だね! もっと竜火石入れようよ!
そう言っていた時とまったく同じ顔をしている。
「あたしの獲物!」
ネネカが言って弓を引き、至近距離から射る。魔動歩兵は腕を振ってその軌道を逸らそうとしたが、矢の速度はすさまじく、急所に突き刺さる。
パキン!
「討伐数一! 討伐数一よ!」
ネネカが叫んでいる間、スナオは構えていた竜源刀を下ろしてふっと息を吐き出した。
まるで自分の中にある何かよからぬ感情を抑え込んだような雰囲気だった。
そんなことなどつゆ知らず、ネネカは、
「ふふん! さすが主役のあたしよね! ほら褒めなさい!」
「…………しゅごい」
ユラがぼそりと無表情で言った。
「ほらあんたたちも見なさいこれを! これであたしが主役ってことが解ったでしょ!」
「あーすごいすごい」
スナオは完全に元に戻ってそう言った。
一方で飴玉を喪失したナキは
『妾の……妾の飴玉……。ううう』
泣いていた。
『飴玉ぁ。妾の飴玉ぁ。どぉして妾から離れて行ってしまったのぉ。るーるるーるー』
とうとう飴玉を失った悲しみを歌う唄まで作り出す始末。
か細い声でお経みたいに歌うものだから、僕は僕の中身がジメジメと湿気ってカビが生えてくるんじゃないかと信じた。
すんすんと無い鼻を鳴らすナキ。
わかったよ。妖精の華を討伐したら、満足するまで食わせてやるから。
『飴だけじゃなくて、お高いのも食べたいです。約束しましたからね、絶対ですよ』
要求が……。
まあなんとかする。
スナオとかに言ったら用意してくれるかなとか考えてみる。
だから絶対生き残らないとな。
『そんなの当たり前です。もっとやりたいことたくさんあるんですから。魔動歩兵も妖精の華もぶち殺してやります。主人様もちゃんとしてくださいよ。遊んでなんていられないんですからね』
甘味を失ったナキは言葉遣いが荒くなった。
その上、苦言を呈するようになった。
言っとくが遊んでいたのはお前だ。
「ヒイロ、ほら先に進まないと九の字に怒られるよ」
言って近づいてきたスナオは、本当に元通りだったけれど、やっぱりさっきの感じは気になった。多分撤退命令を聞かなかったときもあんな感じだったんだろう。
ネネカとは違う、魔動歩兵に引き寄せられてしまうような感じ。
虫が火に魅入って近づいて行ってしまうような、そんな感じ。
それが気になるといえば気になった。
僕がまた背に乗ると、スナオはじめネネカとユラが走り出す。ネネカはずっと僕に、
「あたしが主役ってことをそろそろ認めなさいよね!」
とか言ってたけど、もううるさい。
それ以上にナキの飴玉の唄がうるさい。
『うるさくない! ううううう』
それから小竜の墓につくまでは魔動歩兵の妨害もなく、使い魔の出現もなく、僕たちは難なく九の字たちと合流した。
「やあ、来たね。……ああ、ちょっとまずいことにはなってるんだけど、多分大丈夫だよ」
九の字が苦笑する理由は高い建物の上に登れば明らかになる。
小竜の墓、社とそこへ向かう七つの橋を見下ろす。
四体だったはずの真っ赤な魔動歩兵は、
七体に増えて全ての道を塞いでいた。
――――――――――――――
次回は明日12:00頃更新です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます