第20話 ユンデは怯え、アギトは怒鳴る

「大魔女?」


 なんだそれ。


『妾も知りません。大魔女と言うからには魔女を統括する存在でしょうか? でも妾の知る限り、魔女の上にいるのは妖精だけのはずですが』


 ナキも不思議そうに言う。


 ユンデは「ええと」と考え込んで、

「大魔女様はね、私たちに道を示してくださったんだよ。それからね、赤い魔動歩兵とか、それから、これ! 竜源装を発動する方法とかたくさん教えてくださったんだよ!」


 言って、ユンデは斧を見せる。よく見れば溝が四つ。つまり第四限で、特殊能力を持つ。


 僕なんかよりずっと洗練されている。


「それは、えっといつから? いつから大魔女様はいるのかな?」

「うんとね、いつからだっけ。わかんない。でも、大魔女様のおかげで、もう一方的に守護官にやられることもないから痛くて辛い思いしなくて良いし――」


 瞬間、またもや頭頂部から背中に駆けて氷水でもかぶったような感覚に陥る。


 僕が上を見上げたのと、ナキが僕の身体を押したのが同時。

 いや、実際にはナキに押されたのではなく、本体たる刀に触れていた僕の手がぐんと後ろに引っ張っぱられたと言うのが正しい。


 僕は受け身もとれずしたたか尻餅をつく。


 と、空から何かが降ってきて、僕の鼻先をかすめて着地、ユンデの顔面を掴んだ。


 降ってきたのは、男。細い身体にユンデのものと同じ入れ墨、身長はユンデより低くみえるが、頭が彼女より上にある。


 なぜなら、彼の身体は、赤いツタでささえられていた。


 まるで身体に魔動歩兵が身体に貼り付いているように、彼の足元にはツタが伸び、さらには背中に翼のようなものを形作っている。


 手には光る長槍。また竜源装をもってる。


 彼は髪まで真っ赤で、もしかしたらそれもツタと同じく動くのかもなあとか思っていたら、


「ユンデ! てめえ守護官相手に談笑してんじゃねえよ! 何話した!? ああん!?」


 怒鳴った瞬間、文字通り怒髪衝天、頭が噴火したのかと思うくらいまっすぐに髪が逆立った。

 すげえ感情表現だ。


「ふええ、アギト君、ごめんなさいぃ。何も話してないですぅ。お友達になっただけなのぉ」

「んだとぼけ! 守護官と友達になってんじゃねえよ!」

「守護官じゃないぃ。ヒイロ君は守護官じゃないのぉ」

「ああ?」


 アギトと呼ばれた彼はユンデの顔から手を離さず僕を振り返った。

 尻餅をついた僕を頭の先から足の先まで見て、戻って腰、僕の握りしめるナキをみた。


「あれ竜源装だろうが! お目々ついてるのかな!! よく見ろオラ!」

「痛い痛い! まぶた引っ張らないでよぉ! 目が乾いちゃう!」

「竜源装持ってる奴は全員敵! はい、復唱!」

「竜源装持ってる奴は全員敵……」

「って俺も敵になっちまうだろうが!!」

「理不尽だよぉ!」


 とか、ふにゃふにゃおびえるユンデの顔にまっすぐ逆立った髪の毛を押しつけて嫌がらせをしていたアギトはふと気づいたように僕の方を見ると、


「つうかお前、どっかで見たと思ったら、俺が大魔女からもらい受けた真っ赤な魔動歩兵ぶっ壊した奴だろ。九の字を倒してやりぃと思ってたのによお、ざけんなよマジで」


 突然離されたユンデは鷲づかみにされていた顔を両手で揉んで「痛いよぉ」とか呟いている。


 アギトは気にもとめず、ツタで身体を支えるのを止め赤土に足をつく。


 こうしてみるとかなり身長が低い。

 だからといって勝てそうだと思ったわけではないけれど。


 僕は立ち上がって膝を払い、

「九の字にとどめを刺すためにここに来たのか?」

「……いや、そうじゃねえ。魔動歩兵ぶっ壊されたときは大魔女に殺されると思ってマジで焦ったけどよ、報告したらあの人、面白がって九の字はもう良いとか言ってたからな」


 大魔女に報告した?


「ここにいるのか? 大魔女が?」


 僕のその言葉を聞いたアギトはユンデを睨みつける。


「おい、ユンデ! てめえ大魔女のこと話したのか!」

「ひぃ。いいじゃん別にぃ」

「まあ、いいけどな!」

「じゃあ、怒鳴らないでよお!」


 こうして聞いてるとユンデは守護官よりもアギトに多くいじめられているんじゃないかと思ってしまう。


 怒鳴り終えたアギトは僕に、


「確かにここには大魔女がいた。けどな、それは昨日の話だ。今はもういねえし、報告は魔動歩兵がやってくれっから直接会う必要もねえ。便利なもんだよほんと」

「魔動歩兵が報告?」

「これも大魔女のおかげだ、って話過ぎちまったじゃねえか!」


 怒鳴ってないとやってられないのかコイツは。

 そんな頭をしてるからじゃないか?


 怒鳴ったり怯えたりして、ふざけているとしか思えない二人だけど、それでも、明らかに重要なことを知っている。


 もっと聞き出さないと、


 と、


 僕が最も重要な質問をしようとしたところに信号弾が上がる。


 まったく気づかなかったが九の船の近くには避難民を連れた守護官が数人戻ってきていた。


 ユラを見るとネネカを押さえ込むので手一杯で、他の守護官にまで手が回らなかったらしい。


 彼らの手から上がるその信号弾は真っ黒で、僕は今まで見たことのないものだったけれど、ユンデやアギトには見慣れたものだったらしく顔をしかめた。


「ひぃ、守護官が集まってくるぅ」

「ちっ、嫌な色だよな。逃げるぞユンデ。九の字の相手なんかしてらんねえからな」


 アギトは身体にまとわりついていた赤いツタを使って翼を作り上げるとバサバサと振り始め、ユンデは屈伸をする。


 逃げられる!


「待て! 最後に一つ聞きたい! 大魔女の目的は何なんだ!?」

「下っ端の俺らに大魔女の崇高な目的なんてわかんねえけどよぉ……」


 崇高なという部分をまるで皮肉るように強調して、アギトは続けた。


「この島を沈めた理由の一つは、守護官たちに宣戦布告するためだ。いっちゃん安全な島を沈めればびっくりするだろ。お前は守護官なんだかなんだかわかんねえけどよ、まあせいぜい頑張るこったな」


 次々に守護官が集まってくる。


 一足先に飛び立ったアギトを狙って矢を放つ守護官がいたけれど、アギトはそれをあざ笑うかのように矢を掴んで二つに折り、捨てた。


「ヒイロ君」


 屈伸を終えたユンデが一瞬だけ守護官たちの方を「ふええ」とおびえたように見てから、


「ひい、矢が飛んでくる! またね! じゃあね!」


 言って、ユンデはぐっと屈伸して、飛び上がる。






 あっという間にその姿は見えなくなった。



――――――――――――――


次回は明日12:00頃更新です。

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