第19話 よろしくね! ヒイロ君!

 竜眼を持っているからと言って巫女や守護官になるわけではないし、魔眼を持っているからと言って魔女や使い魔になるわけではなく、だからきっと野良守護官というのがいるように、野良使い魔というのもいるのだろう。


 そもそもそれらはある種の役職みたいなものであって、上位の存在に認められてなる、というのが基本らしい。


 巫女に認められれば守護官になり、

 魔女に認められれば使い魔になる。


 じゃあ巫女と魔女はどうかと言えばそれは竜や妖精やらに認められればそうなるらしいけれど、共にこの世から姿を消した今、どのように決まっているのか詳しいことはよくわからない。


 ともかく、九の字が言っていたことの繰り返しにはなってしまうけれど、重要なのは、魔眼持ちはを使えると言うこと。


 そしてそれが原因で迫害を受け、守護官やただの人間を恨んでいる場合があるということ。


 まあ、迫害以外の原因で攻撃してくると言う場合だって少なからずあるようだけれど。


 僕たちの前に突如として出現したその魔眼持ちの女性は半分ほど埋まっていた斧を地面から軽々と引っこ抜き、刃に付いた赤土を手で払うと、僕たちを見ていた視線を九の船に移して、


「や、や、やっぱり九の字の船だあ……。ってことはさっきのは九の字だったんだあ。ふええ……アギト君失敗したんだあ。もう終わりだよぉ。怒られるぅ」


 そんなふにゃふにゃした弱気な声を出すものだから、明らかに僕の体の緊張が解ける。


 なんだコイツ。


 上背は僕を優に超え、そのせいで、ゆさゆさ揺れる肉塊が目の前にぶら下がる。


 上着の裾があまりに短く、引き締まった腹とそこに描かれた蛇の入れ墨がしっかりと見えているし、乳の下がチラチラしていて、おまけに、その下に大きな腰があって、もう何というかそういう芸術作品に……


『主人様、主人様、まずは危険かどうかを判断してからそういうことを考えてください。入れ墨があるのでただの魔眼持ちではなくて使い魔ですよ。見えてますか?』


 見えてるけどさ。

 入れ墨があると使い魔なのか。


『使役している魔女ごとにその模様は異なりますが動物のものが多いようですよ』


 覚えておこう。


 女は手にはでかい斧を握っていて、竜源装らしく、「ふええ」とか「ひうう」とか言うたびに点滅している。同時に身体の出ている部分が揺れる。


 すっげ。

 魔女、というか魔性の女?


 なんか違うか。

 使い魔だしな。


『主人様、またおっぱいとかお尻とか見てますね。どうして使い魔が竜源装を持っているという驚きをすっ飛ばせるんですか……』


 昨日今日でいろんなことが起きすぎて麻痺してんだよ。もう普通のことに思えてきた。


 確実におっぱいの方が強い。


『……日常的に口を乗っ取れるようになったら真っ先にコハク様にご報告しますね。主人様はコハク様の胸が大きくなるのを望んでいるって』


 やめて! 後生だから!

 冗談じゃなく本当に二度と口をきいてくれなくなる!


 僕が女性の身体から、引きちぎるようになんとか視線を外して、斧の竜源装を見たのと、ネネカが口を開いたのが同時だった。


「あ、あああ、あんた! 何で魔眼持ちのくせに竜源装発動してんの!? っていうかその入れ墨、使い魔でしょ!?」


 やっぱり魔眼持ちが竜源装を持ってるのはおかしいのか。


『自分の魔法が暴発するのを防ぐために持っている、というのであれば理解できますが、発動するとなると話は別です。魔眼持ちは竜源装を発動できません。九の字やコハク様は別ですが』


 じゃあ、つまり、あの真っ赤な魔動歩兵とも関係してるんだろう。


 女はネネカとユラを見てその手首についた守護官の証に気づくと「ひっ」と悲鳴をあげ、それから、僕の何も付いていない手首を確認すると、


「あのぅ……あなたも守護官ですか? 違う? どっちかな?」

「ちょっとあんた! なにあたしのこと無視してんのよ!! この主役のあたしをさ!」


 ネネカが弓を構えて叫ぶ。


 お前、使い魔相手にも主役主役言うのか。

 どんだけ強靱な心臓してんだ。


『竜源装よりおっぱいばっかり見てた主人様がそれを言いますか』


 ナキの呆れた声を僕は無視する。


 使い魔の女はまた「ひいい」と怯えて、ネネカから逃げるように、


「ごめんなさい、ごめんなさい、叩かないで、斬らないで、射らないでぇ! 使い魔だけど攻撃するつもりはないの。この斧は飾りです。いや嘘吐きました。本物です。ああでも本当に攻撃はしないからぁ。怖いよぉ!」


 とかなんとか、ブツブツいいながら大きな斧を背中に隠す。


 使い魔ってみんなこんな感じなのか?


『そんなわけないでしょう。何考えてるか解らないんですから油断しないでください』


 するつもりはないけどさ。


 ネネカは完全に調子が狂ったように、眉間にシワを寄せながら目をぱちくりさせるという器用なことをして、


「攻撃するつもりない? じゃああんた何のためにここに来たの!?」

「ひいぃ! ごめんなさい、いなくなります。目障りでしたよね。すみません。すみません」

「ちょっと待ちなさい! 射るわよ!」

「どうしたらいいのぉ! ひどいよぉ。助けてぇ」


 女は言って、涙目で僕を見た。


 え、僕が助けるの?


「あなたは守護官じゃないんですよね。そうですよね。そうだって言って! お願いだからぁ!」


 竜源刀を持っている僕に助けを求めるのもどうかと思うけれど、この使い魔、おどおどしていて、突然攻撃してくる心配はなさそうなんだよな。


 逃げようとさえしてるし。


 ってことは、きっと、うまくすれば話を聞ける。

 この常識外れな事象について。

 赤い魔動歩兵について。


 いわゆる飴と鞭ってやつだ。

 僕が飴でネネカが鞭。


 この甘やかしは胸に惑わされた訳では断じてない。


『自分で言うなんてますます怪しいんですけれど。ま、でも確かに情報は戦術を左右する重要なものですから、聞き出すってところは賛成します』


 ナキの同意を得たところで僕は女の方を見ると、


「僕は守護官じゃない。あの子に手出しはさせないからその代わりと言ってはなんだけど、少し話さない?」


 ネネカがぎょっとして何か言おうとするのをユラが口を塞ぐことで止め、「むんんんんん!!」と苦しそうな声が聞こえる。


 対して、女の顔はぱあっと明るくなって、


「やっぱりそうだぁ! お話しする! わあ、他の使い魔とか魔女とお話しすることはあるけど、人と話すのは久しぶりだあ。あ、自己紹介がまだだった。私はね、ユンデって言うんだよ。よろしくね」

「使い魔っていつもはどこで生活してるんだ?」

「名乗ったのに名乗り返してくれない。せっかく自分から名乗ったのに……。名前を言われたら答えなきゃダメなのに……」


 人差し指を突き合わせてしょぼんとするユンデ。

 うつむいて小さくなったように見えるけれどそれでも僕よりずっとでかい。


「……僕は、ヒイロだよ」

「よろしくね!」


 言って、ユンデは僕の答えを待つ。


 これって僕がよろしくって言わなきゃ会話進まない感じだろうか?


 ユンデの表情が徐々に曇る。目に涙が浮かび始める。


 ほんとに話進まないな!


「ええと……よろしく」

「よろしくね! ヒイロ君!」


 ぱっと顔を輝かせてユンデは言い、お友達お友達と呟いている。


『主人様、お友達になっちゃいましたね。お友達はいつも一緒とか言って連れてかれたらどうするんです?』


 何それ怖い。

 使い魔じゃなくても怖い話じゃん。

 好感度を下げておいた方がいいんだろうか。


『妾、もう一度取り憑く準備しておきましょうか』


 欲望に忠実な行動をするつもりだろ、止めろ。


 ただでさえ、ネネカとの手合わせで体力が少なくなってるんだからなるべく早く切り上げたい。

 ユンデとの会話を進めなければ!


「それで、さっきのことだけど」

「なに? お友達のヒイロ君」


 もう完全にお友達になってしまったのか。

 突然慣れ慣れしくなったな。


「使い魔っていつもはどこで生活してるんだ?」

「それはねえ秘密なんだあ。ヒイロ君が一緒に来るっていうなら連れてってあげるよ!」


 二度と戻れないだろそれ。

 ナキの言うとおりになってしまう。


「遠慮しておく」

「しょぼーん。でもヒイロ君。ここにいるときっと大変だよ」


 大変?


「それは竜の血も竜源装も効かない魔動歩兵が襲ってくるからってこと?」

「それもあるけどね、えっとね」


 ユンデはそんなもの序の口だとでも言うように苦笑して、言った。






「そのうちきっと、大魔女様がやってくるからだよ」


――――――――――――――


次回は明日12:00頃更新です。

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