第13話 竜源刀を使うには竜力というものが必要らしい

『主人様、早く体に取り憑かせてください』

 ついさっき起きたばっかりの僕によく言えるな、ナキ。

 体に取り憑かれたせいで体力がっつり消耗したから寝てたんだぞ。忘れたのか。

『だってとっても気持ちよかったんですもん! あの感動をもう一度! そして何度でも! 五感は全て明瞭で、妾のものだと錯覚してしまうくらい動かしやすい体なんですもん。それに走る爽快感だけじゃなく、主人様の恐怖に反応する背筋も肌も、苦しさを伴う痛みも、全部妾を虜にしてしまいました。主人様の体を知ってしまってはもう以前の妾には戻れません』

 ……また怪しい台詞を。

『本当のことですよ。妾と主人様の体の相性は抜群です。早く肌を重ね合わせたい』

 それは狙って言ってるだろ。


 ヨヒラ島の川を進む九の字の船、その甲板の上でナキは緊張感なくそんな話をしているけれど、自体はそう楽観視できるものじゃない。ナキがおかしいだけだ。もしくは彼女にとってこのくらいの状況慣れっこだからかもしれないけど。


 すでに夜ではあるものの、甲板の縁、欄干とも言える手すりに竜火石の入った提灯が取り付けられていて、船の周囲は明るく照らされている。


 ただ、明るいのは船の周囲だけではない。島民が逃げ出す際に火が燃え移ったのだろう、木造の家々が所々で燃えていて、島にたいまつがともされたみたいに光っている。特に僕たちの生活していた貧しい地区は被害が激しい。


『こんなに燃えてしまっては、シズク様の官能小説も無事ではないでしょう』


 ナキは言うけど、僕はそんなものまったく心配していない。


 不思議と喪失感がないのは僕がここに住み始めてから数年しか経っていないからだろうし、それに僕の一番大切なコハクがそばにいるからだろう。

 そのコハクは大変なことになっているけれど。


 …………というか、ナキ、この光景が見えてるのか?

 ナキには視覚がなかったはずだろ。

『それがですねえ、どうも主人様と一度繋がってから視覚と聴覚が手に入ったようなんですよ! 主人様が起きてから気づきました。わーい! 今までこんなことなかったのに! 主人様は運命の主人です!』

 だからご機嫌なのか。

 そしてその上でさらに取り憑かせろとか言ってんのか。

 ごうつくばりめ。

『ちいっちっち。取り憑きたい理由は他にあるのです』

 むかつくが聞いてやる。

『一つは訓練のためです。主人様体力なさ過ぎです。妾を悦ばせるためにはもっと体力がないとダメです』

 言い回しに気をつけろ。

『ま、ただ体力増強だけではダメで、例えば全身ではなく体の一部のみに取り憑いて動かすなど工夫が必要なわけです。燃費悪いですから。その際、動かしていない部分は主人様に動かしてもらう必要があります。ここら辺は訓練しないとどうにも感覚が掴めませんね』


 やっぱり任せきりはダメだな。

 戦ってるのは……戦わなきゃならないのは僕だ。

 コハクのためにも。


『もう一つは……取り憑けば取り憑くほど妾にできることが増えるのではないかと思うからです。ゆくゆくは味覚も嗅覚も明確に妾に伝わることになるでしょう』

 それは迷惑な話だな。

『喜ぶべきことでしょ! 妾の幸せが主人様の幸せ!』

 そんな幸せの押しつけは嫌だ。

 と言うか感覚共有したら体力持ってかれるんじゃないのか?

『いえ、どうもそうではないようです。妾は主人様の体力も竜力も数値化などできませんが、現状大幅に減っている様子はありません。おそらくという部分で消耗されるのではないかと。だから多分こんなことをしても大丈夫なはずです』


 と、ナキが言った直後、視界がチリチリと白くちらついて、僕は強く目を閉じる。次に開いたときには、目の前に一人の女性が立っている。


 美しい女性だった。

 透明感のある女性だった。

 というか、透けている。


 髪も、肌も、太く短い麻呂眉まで真っ白。袖の長い服も帯も何もかもが白く、けれど刺繍のせいで白装束には見えない。僕と同じくらいの歳に見えるのは僕に合わせてだろうか。彼女は僕を見て、ニッと微笑んだ。


『妾、顕現!』


 視覚と聴覚だけでなくついに僕の視覚まで占領しようというのかこいつ。

 どうも周りの人には見えていないようだから、このナキは幻覚の類いだな。


『どう? どう? 妾可愛いです? もっと幼くすることもできますよ? 主人様は小さい女の子に欲情しますからそちらのほうがいいですよね』

 やめろ!

 コハクを愛しているだけで別に幼女が好きなわけじゃないって何度言ったら解るんだ!


 このあらぬ噂は絶対スナオのせいだ。聴覚がないときからナキは僕とスナオとの会話を僕の思考で類推していたに違いない。

 スナオ、ぶっ飛ばす。


『主人様ぁ。主人様ぁ。取り憑かせてくださいよぉ。ちらっちらっ』


 ナキ――の幻覚はひょいひょいと僕に近づいてきて前屈みになると、上目遣いで僕を見ながらクスクスといたずらっぽく笑う。

 ナキはおねだりを覚えた。

 すぐに忘れろ。


 というか邪魔なんだけど。

『なんてこと言うんです! 妾のこの美しい肢体が見られるんですよ! 眼福でしょ!』


 次々になまめかしい姿勢をとって誘惑しようとするナキ。


 僕はいつもコハクで目の保養をしてるんだよ。

 勝手に視界に入ってきて汚すな。

『なんだと! 脱ぐぞ!』

 やめてくれほんとに。どういう脅しだよ。

『ともかく、こんなことをしても体力がどっと使われている感じしませんでしょ? すなわち竜力も減っていないのです』

 まあ確かに疲れはないけれどさ。

 と言うか、さっきからずっと言ってる竜力ってなんだ?

『思考を見るに、主人様はご存じないと思いますけど、竜源装を操るにも竜火石を発火させるにも竜から与えられた力を使う必要があるのです。それが竜力です。竜力は生命力に近いので、まあ体力とほぼほぼ同じものだと考えてもらってよいです。心臓の波動のように一定の波を持つ力で、竜源装を使う時はその波動を竜源装に合うように、そして出力が一定になるように調整し流す必要があります』

 じゃあ僕は、その波動とやらがまったく合わないから、竜源装を発動できずに壊して竜に拒絶されてるとか言われてた訳か。

『いいえ。むしろ逆です。……主人様はその調整力がずば抜けている』

 え?

 壊してたのに?

 どこがずば抜けてるって?

『壊してしまうってのがおかしいんですよ。波長が合わなければ発動しないだけです。何も起こらず何も変化しない。ええと、主人様は声で陶器を割るという話を聞いたことがありますか』

 あるけど、アレは声量があるって話でしょ?

『違います。陶器の持つ波長と声の波長がとても近い時に陶器が共鳴して激しく揺れることで耐えきれなくなり割れるのです。……主人様が竜源装を発動するときにはこれと同じことが起きています』

 今まで壊れてたのは、じゃあ、僕の波長が竜源装に近かったからか。

『近いどころではありません。まったく一緒です。そして、高出力でブレがないと言うところが素晴らしく、そして、恐ろしい。普通の守護官なら、竜源装に波長が近い方でもその波長が一定ではなく、近づいたり離れたりするものです。例えるなら一つの音程で歌い続けるのが難しいのと同じです。しかも普通はそれを戦いながらやるわけですが、主人様は戦闘中もほとんどブレず高出力を維持できる。それほど強靱な安定性なのです。だから壊れる』


 灰になる。


 竜に拒絶されていた訳じゃない。

 むしろ竜に愛されすぎてた訳か。

『ここまでくるとですね。愛されすぎて、不利益が出る。もしかしたら守護官にしたくなかったのかもしれませんよ。壊してしまうくらい愛して、何もできないようにする』

 それは絶対考えすぎだけど、壊してしまうくらい愛するってその部分だけ聞くと怖いな。

 あれ、でもどうしてナキのことは発動できたんだ?

『妾はできる武器ですから!』

 説明になってないよ。

『もう、褒めてくれたって良いじゃないですか!』

 ナキは頬を膨らませて腕を組む。

 頼りにしています、ほんと。

『ご褒美にもっと取り憑かせてくれても良いんですよ』

 話の続きを聞こう。

『何ですか、もう! で、どうして妾を発動できたか、ですけどね、まあ妾ができる武器ってのも理由なのですが、一番の理由は妾の体がいくつかのかなり特殊な素材で作られているからなんですね。妾の父上がつくりだした七つの武器は皆その素材で作られています。そのおかげで波長がまったく同じでも振動に耐え、壊れないようになっている訳です。主人様のために作られた刀と言っても過言ではありませんね』

 そんな特殊な素材が使われているのに、鍛冶場で壊されそうになってたのか。

『そうなんです。ひどい話ですよね! と言っても見かけじゃあんまりわからないように作られてますからね。見る人が見ないとわかりません。百年間どんなふうに妾が移動してきたかわかりませんけど、まあただの竜源装だと思われていたのでしょう』

 ナキはにっこりと僕に笑いかけて、

『だから主人様には感謝しきりです! 目覚めさせてくれただけでなく、こんなに綺麗な世界を見せてくれたんですから!』


 僕たちの目の前に広がってるのは燃えさかる島だけどな。

 これが綺麗とか言い出したら放火魔だ。

『色々お話してきましたけど、結局のところ、主人様に必要なのは竜力量、体力量で、妾に必要なのは節約術です。コハク様のためにを討伐する必要がある以上、これらを手に入れなければ、守護官について行くことすら困難になるでしょう』


 妖精の華か。


 ついさっき単眼鏡を借りて九の字に見せてもらった。

 この島ですでにつぼみをつけている妖精の華は、じきにようになるだろう。

 その前に、いや、もしそうなってしまったとしても、僕はコハクのために妖精の華を討伐しなければならない。




 なぜか。




 それを九の字に教えてもらったのは、戦闘直後ぶったおれてしまった僕が目を覚ましたこの船、その一室でのことだった。


――――――――――――――


次回は明日12:00頃更新です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る