第14話 妖精の華について九の字から聞く
「おはよう! 今日も一日頑張ろう!」
と、僕が体を起こした瞬間、九の字は言ったけれど、すでに窓の外の日は暮れかけていたし、僕は今日一日結構頑張ったはずなのにまだ頑張らせるつもりらしかった。
死んじゃう。
あのあと――つまりコハクの目に竜眼と魔眼が同時に発現したあとのことを僕は知らない。
というのも、ナキを使った反動で僕はすっかり体力、もとい竜力を消耗してしまったらしく、また、コハクが魔眼と竜眼を持ってしまったという事実への驚愕もあいまって、その場にバタンと倒れてしまったからだった。
部屋を見回すと、近くにシズクさんとコハクがいて、窓の外を見ている。
コハクは頭に布を巻いて、左目だけを隠しているようだった。
僕が起きたことに気づいてはいるようだけれど、チラチラとこちらを見るだけで、基本ずっと外ばかり見ている。
僕は九の字と、それから隣にいるエスミに向き直り、
「ここは、どこです?」
「九の船――つまりアタシの船だよ。そしてここはアタシの部屋。アタシの秘密を知っている人しか入れないから心配しなくていいよ」
エスミはその秘密を知っている一人らしい。
秘密、か。
僕はぶっ倒れる直前のことを思い出す。
九の字がコハクと握手をして、瞬間、コハクの目が変わる。
九の字は左目を隠して、それはコハクの魔眼が現れたのと同じ側の目で、
僕はその一瞬の変化を見逃してはいなかった。
「今は、元の竜眼に戻ってるんですね」
「ああ、やっぱり君にもバレてたンだね。うん、そうだよ。アタシもコハクちゃんと同じ」
「アレは、何なんですか? 右目が竜眼で左目が魔眼なんて、どうしてあり得るんです? 魔眼は妖精の目で、竜眼は竜の目ですよね。共存なんて……」
「でも、今日ヒイロ君が倒した魔動歩兵だって、その共存を成し得てたよね。本来なら溶けるはずなのに、当たり前のように竜源装を持って、その上、発動させてた。ま、アタシもアレは初めて見たし、それに、アタシ自身、この目についてもなんでこうなってるのか全然まったく知らないンだけどさ」
九の字は言って腕を組み、椅子の背もたれに体をあずけた。
「まったくお互い大変なことになったよね。次から次へと常識が破壊されてさ。そのうちきっと太陽が西から昇って、魚が陸を歩いて、アタシがおっぱいを触ってもエスミちゃんが笑って許してくれるような世界になるンだよ」
九の字は言いながら手を伸ばしたけれど、エスミはその手をハエのように叩き落として、
「世界の全てが変わっても最後のはないよっ」
「世界に抗うというのか!」
もしかしたら、さっきのおはようという挨拶は夕暮れ時の太陽をみて「西から太陽が昇る」という常識の破壊を暗に示していた伏線だったのか。
んなわけないか。
「まさか同じ子がいるなんて思ってもみなかったからさ。アタシも油断しちゃったンだよね」
手をさすりながら言う九の字。
油断ってのは触れることだろう。
多分今も九の字がコハクに触れれば目が現れるに違いない。
それを補足するみたいに九の字は、
「近づいたり触れたりすると目が出現しちゃうのは竜眼も魔眼も同じだからね。特に両方を持つアタシが触れちゃったから一瞬じゃなくて完全に出てきちゃったンだと思うよ。年齢も年齢だしね。十歳くらいって聞いたよ」
「それは……九の字もそのくらいの年の頃にその目になったってことですか?」
「そ。まあアタシの場合、きっかけは誰かに触れたって訳じゃないンだけどね。現れてからはしばらく今のコハクちゃんみたいに隠して過ごしてたんだけど、運良くある人に出会ってね。完全に隠す方法を教わったんだ」
そう、それだ。
ずっと引っかかっていて、僕が聞かなければならないこと。
「治せるんですか?」
「治す? おかしなことを言うよね、ヒイロ君。これは治すものじゃないよ。だってさあ、声変わりを治すって言う? ひげが生えるのを治すって言う? それを言わないのと同じ理屈だよ。治せない、と言うよりこれが生まれもった資質で、成長すれば出てくるものなンだから、治すというのはおかしな話だよ。まあ今回はアタシが触れたから突然現れちゃって成長って感じに見えなかったかもだけどね」
成長。
そっか、成長なんだ。
僕はコハクの方をみた。
相変わらず外を見ているコハクの隣でシズクさんがチラチラとこちらを見ている。
ときおりコハクの背中を撫でて「大丈夫だよお」みたいなことを言っている。
どうしたんだろう。
シズクさんは僕の様子よりもコハクの様子が気になるようだった。
ここからではコハクの顔が見えないから何が気になっているのか解らないけど。
九の字もそれを見ていて咳払いをすると僕に向き直り、
「ヒイロ君。だから治す方法はない。けれど隠す方法ならある。アタシがやっているみたいにね」
「それはどうやって――」
僕が尋ねようとしたところを九の字は手で制して、
「その前に君に聞いておきたいことがあるんだ。とても重要なことだよ。厳しい質問かもしれない」
僕は少し身構えた。
ナキのこと、と言うより、どうして戦えるのかということだろうか。
それともシズクさんが色々話していて、僕が竜源装をいままで使えなかったのにどうして使えるようになったのかとか、どうして竜源装を破壊できたのかとかそういう話を聞きたいんだろうか。
厳しい質問だという。
色々な予想が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消え、身構えていると九の字は口を開いた。
「これから先、魔眼のことできっと辛いことがたくさんあるはず。それが解ってても、コハクちゃんを見捨てずに守り続ける意志はあるのかな?」
「え? 当たり前じゃないですか。僕の大切な妹ですよ。何言ってるんです?」
即答した。
と言うかそれが九の字の聞きたいことじゃないと思って、
「で、聞きたいことって何です? 厳しい質問なんでしょ? 覚悟してるんですけど」
僕はそう聞いていた。
個人的にナキのこととかどう話したらいいのか、と言うよりどう隠そうか考えていたのだけれど、対して、僕の言葉を聞いた九の字も、エスミもきょとんとして、
それから、
二人は、吹き出した。
「あっははは。愚問ってのはこういうことを言うンだね」
「え? あれ? 愚問? 僕の質問がですか?」
なんかおかしなこと聞いただろうか。
「違う違う。愚問だったのはアタシの方。当たり前すぎて質問だと思ってないンだもんね。いやあほんと」
そこまで九の字は言って、ふっと息を吐き出して、
「羨ましい限りだよ、コハクちゃんは。こんなに愛されてるンだね。心配なんかぜんっぜん必要ないンだもんね」
見るとコハクはもう外を見ていなくて、シズクさんの胸に顔をうずめるようにして肩をふるわせていた。
「よかった……よかったの……」
「だから言ったでしょう? 安心していいって」
シズクさんはコハクの頭を撫でている。
僕は訳が解らなかったけれど、コハクが泣いているので反射的に、
「泣かせたんですか、シズクさん! 僕のコハクを!」
「馬鹿だねぇ、ヒーロー君。ほんと馬鹿だよお。コハっちゃんを守る時はすんごく頭が回るのに、コハっちゃん本人のことになるとぜんぜん頭回らなくなるんだねえ」
なんだと!
「僕はコハクのことを誰よりも知ってるんですよ! 誰よりも愛してるんだから! 舐めないでください!」
「お兄ちゃん」
コハクがシズクさんの胸に顔を埋めた状態で涙で声を震わせながら言った。
「うるさいの。あの……えっと……あり……あり……蟻でも舐めて舌を噛まれればいいの!」
舐めるってそういう意味じゃないんだけど。
相も変わらず冷たいコハクだと思いながら九の字の方をみるとより一層微笑んでて首をかしげた。
冷たい対応をされる僕をみて微笑むなんて僕のことが嫌いなのかもしれない。
『主人様は馬鹿です』
お前まで言うのか、ナキ!
九の字は微笑みを浮かべたまま、
「さて、安心したよヒイロ君。これでコハクちゃんがおっそろしい魔女や使い魔になる危険がぐっと減ったからね」
「いまいち状況が掴めないんですけど」
「えっとね、魔女とか使い魔って人に迫害されたりしてなる場合があるんだよ。魔眼持ちは魔法を使える上に、感情で暴発したりするからね。危険視されて島から追い出されたりすることがあるんだ。で人間を恨むようになる。だからね、もしも、ヒイロ君が魔眼のことでコハクちゃんを嫌ってしまったらそうなってたかもって話だよ」
「……………………想像できませんね」
「うん。それでいい。ヒイロ君はずっとそのままでいてほしいね」
九の字は言うと腰に巻いた帯の裏をごそごそとやって一つの小瓶を取り出した。
「さて、安心したところで本題に入ろう。コハクちゃんの魔眼を隠し、魔女や使い魔から存在を隠して、魔法の暴発を防ぐ方法」
九の字はその小瓶をふった。
「それがこの薬。魔動歩兵を生み出す
「なんです?」
僕が先を促すと、九の字は苦笑をして、
「いま手元にないんだよね。これは空っぽ。今日ちょうど使っちゃったんだ」
「他の島には……」
「あるかもしれないけどね、薬の作り方を知っている人間をアタシは一人しか知らない。そのくらい貴重だし、それに、公にもできない。だってそうでしょ。魔眼を抑える薬なんて、魔女が島に忍び込むにはうってつけ過ぎる」
それは、たしかに。
「つまるところ、妖精の華を討伐しなきゃ、薬は手に入らないってことだよ」
――――――――――――――
次回は明日12:00頃更新です。
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