第11話:おはよーホムホム

***


 翌朝。俺は登校する前に、笑川えみかわの家に向かった。

 彼女は朝は大丈夫だって言ってたけど、なにが起こるかわからないから念のためだ。


 だけど俺がわざわざ来たことで、笑川に気を遣わせるのも申し訳ない。だから彼女には顔を見せずに距離を取って、遠目で怪しいヤツがいないか見張ることにした。


 彼女の登校時間はいつもだいたい俺と同じだから、家を出る時間もだいたいわかる。


 少し離れた建物の物陰に身を隠して笑川の家を見張っていたら、ほどなくしてドアが開いて彼女が出てきた。


 ──ビンゴだ。


 気づかれないくらいの距離を取って、最寄り駅の天王寺駅までの道中を尾行した。

 笑川をストーカーしているような男がいないか、辺りに注意を払う。


 結局、駅に着くまでに怪しい者の存在はなかった。

 駅では笑川が乗った車両の一つ後ろの車両に乗り込む。


 隣の車両からさりげなく見張るが、やはり怪しい人物の影はない。

 彼女が言ったように、朝の通学時にはストーカー野郎はいないのだろう。



 駅から学校までの道も同様だった。


 学校に着くと、笑川から少して遅れて校舎に入る。

 昇降口の下駄箱の所に行くと、なぜか笑川が立ち止まってこちらを見ていた。

 どうしたんだろう?


「おはよーホムホム」

「あ、ああ。おはよう。誰か待ってるのか?」

「うん。ホムホムをね」

「なんで?」


 笑川は歩み寄ってきて、顔を近づけてきた。


 いきなり顔を寄せるなよ。

 いくら女性慣れしてる俺でもドキッとしてしまうだろ。


 そして俺の耳元で声をひそめて、驚くべきことを言った。


「あのさ。今朝家から学校に来るまでの間に、私を付け回す男子がいた」


 ──え? まさか。

 かなり周りに気を配ってたけど、怪しいやつはいなかったぞ。


「間違いないのか?」


 俺も声をひそめて訊き返す。


「うん。なんか視線を感じたんだよねぇ。あたし、そういうの敏感だから気づいた」

「で、つけていたやつの姿を見たのか?」


 よしっ。笑川がその姿を見たのならば、ストーカー問題は解決したも同然だ。


「うん。視線を感じた方を見たら、遠くに相手の姿が見えた」

「マジか? どんなヤツだった?」

「黒ぶちメガネでボサボサ頭でさ」

「おおっ、そいつは明らかに怪しそうだな。笑川が知ってるヤツか?」

「うん」

「え? そうなのか。誰なんだ?」

「キミだよ」


 そう言って笑川は伸ばした人差し指を俺の鼻先に突きつけた。


「は? 俺?」

「うん」


 うん、じゃねぇよ!

 ニヒっと笑うな!

 事件解決かと、めっちゃ期待したじゃんかよ!


 それにしても、尾行を見つからない自信はあったのに。


「笑川って鋭いな」

「だから何度も言ってるっしょ。視線を感じるとか、あたしそういうの敏感なんだよ。だからふと、熱い視線で見つめられてるって感じて、確かめたらホムホムだった」

「別に熱い視線じゃない」

「あはは、そーなの?」

「笑川をストーカーしている奴がいないか、見張ってただけだ」

「なぁーんだ。てっきりホムホムがあたしを好きすぎて会いに来たのかと思った」

「は? なに言ってんだ? いつ俺が笑川を好きだなんて言った?」

「じゃあ嫌いなのぉ?」

「いや……別に嫌いってわけじゃないけど……」


 いきなりなんて質問をするんだよ。答えにくくてしょうがない。


「ふぁっふぁっふぁっ、そんな困った顔しなくていいよぉ。可愛いかよ」


 なんだコイツ。変な笑い方。

 相変わらず男を勘違いさせるようなトークをするヤツだ。

 だけど明るく可愛い感じのせいで、嫌味に感じないところが凄ぇな。


「とにかく教室に行こう」

「うん。おけ」


 周りは登校してきた生徒が何人も通り過ぎている。

 いつまでも下駄箱の近くで立ち話をしてたら目立って仕方ない。

 だから教室へと歩きながら会話の続きをした。


「ところで笑川。ストーカー犯人にまったく心当たりはないのか? 例えば最近振った男とか」


 最近他のクラスの男子が、笑川に告ってフラれてたって噂もあったな。

 フラれてストーカー化した可能性はあるあるだ。


「3組の和田君のことかな?」

「和田っていうのか」

「うん。先週告られてね。大変申し訳ないことしたけど断った。元々ほとんど知らない人だったし」

「そりゃ仕方ないな。和田ってどんなやつ?」


 笑川から彼の身長や体型、顏の感じなど特徴を訊いた。

 メガネをかけた小太りの、文学部部長らしい。

 こりゃまた典型的なオタク男子だな。


 なんでそいつが学年一の人気女子に告るんだよ。エベレスト級ハードル高すぎだろ。

 チャレンジ精神も大事だけど、現実を見て行動するのも大事だぞ。


 とにかく彼が本当にストーカー犯なのか、注意して笑川の身辺に気を配ることにした。

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