第9話:女心を鷲づかみにしちゃうとこだよっ!

「「かんぱぁーい!」」

「はい、お疲れっす」


 キャバ嬢二人とグラスをカチンと当てる。

 既に二人とも酔ってる感じだけど、さらにウイスキーの水割りをあおるように飲んでいく。


「ホト君は相変わらずイケメンだねぇ!」

「そりゃどうも」

「まあ顔だけいい男なんていくらでもいるけどねぇ。ホト君はクールで一見ドSなキャラのくせに、ホントは優しいんだからズルいよ」

「なにがズルいんだよ?」

「女心を鷲づかみにしちゃうとこだよっ!」

「いや別に、俺そんなつもりないけど?」

「ほらぁ、そーいうとこだよ。クールに突き放したようなその言い方。んでそのうち『やっさしぃ~』って思うようなことを言うのよ。そしたら女はキュンときちゃう」

「そんなこと意識してない」

「無意識のうちに女を堕としちゃうんだね。困った男だよぉ」

「ツンツンと胸を突かないでください」


 カラフルなネイルが施された指先で、俺は乳首の辺りを突かれてる。

 くすぐったいからやめてくれ。


 ふと横の方を見た。

 俺がカウンター越しに、キャバ嬢二人組の真正面で接客してるものだから、少し離れた所に座るふわり先生はボーっとこちらを見ていた。


 ちょっと不満げな感じだ。


 突然現れた他の客に俺がかかりっきりだから、きっとつまらないんだろう。

 申し訳ないことをした。


「あ、そうだ、ふわりさん。何かおかわり飲む?」

「うん、今はまだちょっと残ってるからいいよ」


 確かにグラスは、まだ完全には空になっていない。


「それにしてもやっぱ、ホト君ってモテるよね」


 ちょっと拗ねたような言い方。

 酔いが回ってるにしても、いつもふわふわと柔らかな雰囲気のふわり先生にしては珍しい。

 やっぱ俺が他の客にかかりっきりになってたことが気に食わないようだ。


「いや、そんなことないよ。モテるなんて全然」


 せっかく俺が否定したのに、キャバ嬢の二人が会話に絡んできた。


「そうだよ、モテるよ」

「うんうん、あーしもそう思う。だってあーしもホト君大好きだもん!」

「あ、そう……なんですね」


 無愛想にふわり先生が答えた。


 別にあなた達に訊いてないから。

 そう言いたげな口調だった。

 キャバ嬢の二人は、それを敏感に感じ取ったようだ。


「なに、あんたもホト君狙い?」

「え? あ、いえ……」


 ふわり先生は否定するような素振りを見せながら、困ったように俺を見る。

 目が合った瞬間、先生はなにか吹っ切ったような顔になった。


「そうですよ。ホト君狙いです」

「へぇ~、そうなんだぁ。そんな子供みたいな見た目で、ホト君が相手にしてくれるって本気で思ってるわけ? 身の程知った方がいいんじゃない?」

「そうそう。ガキっぽいし地味だし」


 こ、こいつら!

 なんてことを言いやがるんだ?

 確かにふわり先生は小柄だし童顔だし、そのうえお胸は控えめだ。


 だけどいくら常連だからって、そんな傍若無人な発言はダメだ。


 ──お前ら黙れ!


 そう文句を言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 ふわり先生が、押し殺すような声でなにか呟いている。


「ううう……皆さんはきらびやかな美人でいいよね。どうせ私は、こんなお洒落なバーには似合わないガキですよぉ。私なんてもうここに来ない方がいいのかなぁ……帰ろっかなぁ」


 泣きそうな声だ。くっそう、こいつら二人、ぶっ飛ばしてやろうか!


 そう思いながらも、俺の頭に、真逆のことがふと思い浮かんだ。


 このままふわり先生を帰したら、二度とこの店に来なくなるだろう。

 そうすれば俺の身バレのリスクがなくなる。


「そーだね〜。早く帰ってママのおっぱいでも飲んだ方がいいんじゃない?」

「きゃはは、それサイコーよ!」


 ──ちょっと待て。


 今俺は、ふわり先生をこのまま帰した方がいいなんて、ほんの一瞬でも考えてしまった。


 ぶっ飛ばすべき相手はキャバ嬢の二人じゃない。

 それは──俺自身だ。


 おい、穂村ほむら わたる17歳。

 なんにも悪くない女性。しかも俺に好意を持ってくれている。

 そんな人に悲しくて悔しい思いをさせて、何にも思わないとしたら、お前、最低な男だぞ。


 俺は悔い改めて、キャバ嬢の二人を睨んだ。


「なあお前ら、いい加減にしろ。この人がなんで帰らなきゃいけないんだ?」

「あ、ごめーんホト君。商売の邪魔しちゃったね。ホト君からしたらお客さんだから、帰れなんて言えないよねぇ」

「いや、そんなことはない。俺は、いてほしくない客には、素直に帰れって言うぞ」

「「……え?」」


 俺が今まで彼女たちに見せたことのないような険しい目つきで睨んだからだろう。

 キャバ嬢二人は青ざめてフリーズしている。


「帰るのはお前らだ。そして二度とこの店に来るな」


 大きな声で怒鳴ることはしない。

 だけど心の底から絞り出すような力を込めた声で、俺は二人にそう言った。

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