第7話:いやこれ、めっちゃ旨いやん!

***


 商店街にあるカフェチェーンに入った。

 カウンターで注文をして、道路に面した窓際の二人席に向かい合って掛けた。


 笑川はアイスコーヒー。ギャルっぽいキャラの割には渋めのチョイスだな。

 一方の俺は季節限定の「いちごフラペチーノ」。

 太いストローに口をつけて、ズズっとすする。


 ──いやこれ、めっちゃ旨いやん!


 ふわふわホイップクリームの甘ったるいフラぺに、甘酸っぱいいちごが絶妙なハーモニーだ。幸せ。

 俺は甘い物に目がないのである。


「ふふふ」


 向かい側の笑川が片手で頬杖ついて、目を細めて俺を見てる。


 しまった。甘さがあまりに幸せすぎて、ちょっと無防備な顔を見せてしまったか。

 いや、メガネと前髪で顔を隠してるし、そこまであからさまにはわからない……よな?


「なんだよ?」

「ホムホムって大人っぽいって思ってたけど、子供っぽいとこもあるんだね」

「俺が大人っぽい? 違うよ。コミュニケーション苦手で、はしゃげないだけだ」

「違うと思うなぁ。なんか他の男子よりも大人っぽいんだよねー」


 俺は夜の世界のバイトで、毎日のように大人の人たちと関わっている。

 だから学校の同級生が子供っぽく見えることも確かだ。


 だけど学校でそんなことを表に出したりはない。

 笑川って鋭い。


 ──って言うか、コイツの方こそ他の生徒に比べて大人っぽいよな。

 色んなことが見えてる気がする。

 

「別に」

「それに……メガネや髪で隠してるけど、案外イケメンだよね?」

「いや、そんなことはない」


 思わず顔をそらしてしまった。

 めっちゃ怪しいヤツに見られてるかも。

 コイツ、やっぱ俺を良く見てるな。

 かなり気をつけないとヤバいぞ。


「ところでホムホムって、いつも家でなにしてんの?」


 一瞬、バーでのバイトのことまで知っての質問かとドキリとした。

 だけどそうじゃなくて、単に俺への興味らしかった。


「アニメ見たりコミックやラノベ読んだり」

「ラノベって?」

「小説の一種だよ。どっちかと言うと若いヤツ向けの」

「へぇ。そういうのが好きなの?」

「ああ。オタクだからな」


 ここでしっかりオタクアピールしとこう。

 そうすりゃ笑川みたいな陽キャは、自分とは生きる世界が違うって感じる。

 場合によってはバカにして下に見る。そうなったら好都合だ。

 俺への興味なんて失せるだろう。


「マニアってこと?」

「そうだよ。思いっきりマニアだ」


 さあ、気持ち悪がれ!

 世界が違うって思い知れっ!

 俺をバカにしろっ!


「エモっ!」

「は? なにが?」

「打ち込めるモンを持ってるってめちゃエモじゃん。じゃあ、あたしは洋菓子オタクだよっ」

「なにそれ?」

「洋菓子が大好きでさ。将来は日本一のパティシェになるんだっ」

「あ。もしかしてさっきいってたやりたいことってそれか」

「そーだよ。ブイ」


 なぜか『ブイ』と口に出しながら両手でVサインをしている笑川。

 すっげぇ嬉しそうな笑顔だ。


 ああ、なんかコイツ、輝いてるな。

 さすが学年一の人気女子だ。


「自分はオタクだ! ……って胸張って言い切れるほど、打ち込めるもんがあるっていいよねぇ!」

「あ、いや……」


 俺が意図してたことと違うリアクション。

 やっぱ予想の斜め上を行くヤツだな。


「ところでホムホムってさぁ……」


 それから笑川は、なんだかんだと俺の個人的なことを探る質問をしてきた。

 だけどうまくかわして、当たり障りのない会話をした。


 会話の合間に笑川がふと窓の外に目を向けた。

 スーツ姿のサラリーマン。綺麗に着飾った女性。制服姿の高校生。

 種々雑多な人々が行き交っている。


「……ん?」


 笑川が怪訝そうな声を漏らした。


「どうした?」

「……ちょっと誰かの視線を感じた」


 窓の外に目を向けてみたが、違和感を感じるような怪しい人はいない。

 マジかよ? 他人の視線を感じるなんてこと、ホントにあるのかな。


「気のせい……じゃなくて?」

「う〜ん……わかんない。でもあたしって、割とそういうのに敏感なんだよねぇ」

「そっか」


 その特殊能力が事実かどうかは別として。

 笑川がそう感じたってことは、やはり不安な気持ちが膨らむだろうな。

 俺がボディガード役として一緒に下校しているのは、まさにこういう時のためだ。


「じゃ、ホムホム。そろそろ帰ろーか」

「おう、そうだな。家の前まで送って行くよ」

「うんっ、ありありー!」


 笑川って、こういったちょっとしたことへのリアクションも常に満面の笑みだ。

 こういうのが本物の陽キャなんだろうな。

 俺なんてバーではそこそこ客と話すけど、そんなに明るく振る舞うなんてできない。


***


 カフェを出て15分ほど歩くと、街並みはどんどん住宅街になっていく。

 超高層ビルが立つ都会から少し離れると住宅街ってところが、この天王寺エリアの一つの特徴だ。


「あ、ここだから」


 住宅街の中ほどに建っている笑川の自宅は、周りに比べてひと回り大きく、綺麗な一戸建てだった。


「そっか。じゃあ」

「ちょっと待ってホムホム」

「ん?」

「ライン交換しよ? ダメっすか?」

「いや……ボディガード役を受けたんだ。なにかあった時に連絡取る必要あるな」


 ラインのIDを交換した。


「えっと……明日の朝は何時に来たらいい?」

「あっ、いいよ。朝はストーカー君だって忙しいだろうし大丈夫。一人で登校する」


 ストーカーがホントに朝は忙しいのかどうかは知らん。

 だけど同じ学校の生徒なら、確かにわざわざここまで来てから登校するなんて、面倒なことはしなさそうだ。


「わかった。じゃあ」


 俺は笑川の家から歩いて15分ほどの自宅に向かって歩き出す。


 それにしても──


 なんか今日は怒涛のように色んなことがあったな。

 今夜もバーでのアルバイトがある。


 ──仕事の方では、平穏な日であることを祈るばかりだ。


 って待てよ。

 こういうのって、俺フラグ立ててないか?

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