第6話:自分で可愛いって言っちゃったよ

***


 多くの好奇の目に晒されながら駅まで歩いて、そこから地下鉄に乗った。


「なあ笑川えみかわ。学校から駅までは、一緒に帰る必要なくないか?」

「なんで?」

「人目が多いからストーカーに襲われる心配はないし。それに周りからジロジロ見られてるだろ。あれ、嫌なんだ」

「そんなの気にしなくていいよ」

「俺は気になる」

「見慣れないものって、ついジロジロ見ちゃうけどさ、毎日一緒に帰ってたら、すぐにみんな慣れるよ。そしたら日常の景色になっちゃうっしょ」

「いや、それも困る」


 だって日常的に学年一の高嶺の花と仲良くしてる地味キャラ男子なんて、目立つ存在に決まってる。


「なんで?」

「なんでって……目立ちたくないからだ」

「なんで?」

「いや、だから……」


 目立ちたくないことに理由なんて必要ない。

 ちゃんとした理由はなくても『単にそれは嫌い』。それでいいじゃないか。


 いや──理由ならいくらでもある。


「目立つと要らぬ嫉妬を受ける。目立つと変になにか期待される。目立つとやりたくないことに巻き込まれる。目立つと……」

「はいはい、わかりましたよ。でもそんなことのせいで、自分がやりたいことを我慢するなんて、ヤじゃない?」

「自分がやりたいことってなんだよ? そんなの特にないし」

「あるっしょ。例えば可愛い笑川さんと楽しくお喋りしながら下校したーい、とか?」

「は? そんなこと全然思ってないし」


 この人、自分で自分を可愛いって言っちゃったよ。

 しかも、めっちゃあっけらかんと。


「あはは、もち冗談だってば」


 なぜか笑川が言うと、嫌味ぽくない。

 あんなセリフを吐いたにも関わらず、あっけらかんとした笑顔のせいか、マジで可愛く見えるから不思議だ。


「まあホムホムって、女子と一緒に下校するくらいで嬉しがる人には見えないけどねぇ」

「どういうこと?」

「大人っぽいって言うかさ。他の同級生とはなんか違うんだよねぇ……」


 なんて言いながら、また伊達メガネの奥を覗くような鋭い目で俺を見る笑川。


 ──うわ、びっくりした。


 確かに俺は夜の世界のバイトしてるし、大勢の大人の女性と関わってる。

 もしかしたら笑川は、そんな何かを感じ取ってるってことか?

 もしもそうなら、うまく誤魔化さなきゃ。


「ああ、そうだよ。俺は他のヤツらと違って、コミュニケーションが苦手だ。大人っぽいんじゃなくて、単に根暗なんだよ」

「ふぅーん……」

「なんだよ?」

「別にいいけどねー」


 ふぅっ……。とりあえずこれ以上の追求は逃れた。


「自分がやりたいことをなーんも考えないで頑張る、ってのもいいよー」


 天真爛漫な笑川が放った言葉が、妙にキラキラとして俺の耳に届いた。

 もちろん声が目に見えるはずもないのだけど、そう表現するのが一番ぴったりな気がした。


 単に容姿が整ってるってだけじゃなく、こういう輝きを放つ女の子だから、笑川って人気があるんだ。

 今さらながら、そんなことに気づいた。


「笑川は、やりたいこと、あるのか?」

「んーとね……あっ、駅に着いた!」


 なんだよ、間が悪い。


 ──なんて考えながら電車から降りた。


***


 地下鉄の駅からエスカレーターで地上に出た。空が青い。

 すぐ近くにそびえる超高層ビルを横目で見ながら、俺たちは繁華街を通って、家に向かって歩いた。


「ねえホムホム。なにか飲んで行こーよ。ボディガードしてくれるお礼に一杯奢るし」


 片手でグラスをクイっと傾ける仕草。


「おっさんかよ?」

「あはは。笑川えみかわオッサン」


 コイツが言うと、なんだかアーティストの芸名みたいだ。


「お礼なんて不要だよ。気ぃ使うな」

「うーん……お礼ってのは、もしかしたらあたしの言い訳かな」

「言い訳?」

「うん。せっかく穂村君と触れ合う機会なのに、このまま帰っちゃうのがもったいない。そっちが本音だったりするのだわ」


 そんな可愛い顔して、男子をドキリとさせる冗談はやめろ。

 俺が女慣れしていなかったら即堕ちしてるところだぞ。


 だけどお陰様で、俺は毎日大人の女性、しかも酔客のお相手をしてる。

 つまり彼女たちの表も裏も目にする機会が多い。だから割と他人の本音を察する能力は高い方だ。(ソースは俺。)


 でも正直、笑川の本音はわからん。


 すごく美人で明るくて学年一の高嶺の花、笑川瑠々。

 なんか不思議な子だな。


「わかった。なんか飲んで行こう」


 ──ちょっと興味が湧いてしまって、そう返事した。

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