第41話 最終決戦1

「やれ、アガレス、セーレ。やつらを血祭りに上げろ!」


 ジミマイの命により、鰐にまたがる老いた魔神は動き出した。


「悪く思うな。これも教育のうちである」


「それじゃあぼくはこっちか。すまないね、きみたち」


 美貌の魔神は近衛兵グレーターデーモンたちに向き直る。

 分断されたまま戦うのは不利だ。どうにか合流しなければならない。


「こいつは俺たちに任せろ!」


 エゼルレオンは魔剣を構えると、アガレスに飛び掛かっていった。

 女魔術師は彼の背後に隠れながら、呪文の詠唱を始める。


「アルディナ、戦えるな?」


「私だってやる時はやります!」


「よし。ジミマイ、覚悟しろ!」


「《イェンユゥ》」


 まるで挨拶代わりに、相手は手のひらから冷気を展開する。

 これはとある地域で使われる「寒い」という意味の言葉だ。

 たちまち室温が下がり、薄着のアルディナはくしゃみをした。


「ふぇっくしょん!」


「やつは氷の魔王だ! まずは耐性を上げるんだ!」


「ふぁい!」


 彼女が勇者と女魔術師を巻き込んで強化を掛けると、寒気はわずかに治まったように感じた。

 だが入り口付近のアラゴとベリロには届かない。


「くそっ、手がかじかむ」


「攻撃が当たらん。ちょこまかとワープしやがって!」


 セーレがいくら攻撃的な魔神ではないとはいえ、残念ながらグレーターデーモンに相手が務まるとは思えない。さいわい軽い性格のゆえか、おちょくるだけでたいして手出しをする様子でもなかった。


 一方の勇者と女魔術師は、大鷹の妨害に手を焼きながらも動きの鈍いクロコダイルの攻撃をかわし、アガレスと対等にやり合っているように見える。

 変温動物である鰐にはやや酷な状況と言えた。氷を操るジミマイと動物を支配するアガレスは、仲間として相性が悪いのだ。


「《デモニック・フレア》!」


「《デモニック・フリーズ》」


 こちらが放つ上位魔法を、魔王は指先ひとつであっさりと相殺する。

 やはり魔法だけで敵う相手ではない。そもそも隠しボスであるジミマイに対して、もてる戦力をフル投入してやっと互角だったというのに、ふたりで挑むのはさすがに無理がありすぎる。


 氷属性ならば火が弱点であるのは明白だが、そもそもの魔法耐性が高すぎるので、たとえこちらの攻撃が直撃してもたいした威力にはなるまい。

 物理との複合属性ならば可能性はあるが、みんなの前で格好つけた手前、さっきの剣やっぱり返してなんて言えないし。


「まるで勝負にならんな。よかろう、これまでのふるまいに敬意を称し、楽に殺してやるとしよう。わが魔剣グレイズ・フランベルジュの氷柱つららとなるがよい」


 ジミマイの左手に冷気が集まり、波打つ刃の氷剣が形成されていく。


「その身に刻め、《フロスト・ラセレイト》!」


 横薙ぎに放たれた青白い一閃を、アルディナを覆うようにその身で受ける。


「ぐあああああ!」


 切り刻まれるような激しい痛みが全身に襲いかかる。体にまとわりついて継続する攻撃に、己の再生能力が追いつかない。


「まだだ。落魄らくはくせよ、《エーテル・ディミニシュ》!」


 畳みかけるように、ジミマイは暗黒の呪文を撃ち放つ。

 体力に続き魔力にもスリップダメージが喰らい続け、魔法のかてとなるちからが急速に失われていく。


「お前の戦い方は把握している。さて、いつまでもつかな?」


 魔王は高みの見物をするかのように、空中に浮かんで攻撃の手を止めた。


「ど、どこが楽に殺すだ……」


「うう、テンマさま。私に回復のちからがあれば……」


 アルディナは自らの無力さを嘆く。

 夢魔の身ではステータスに依存した魔法は雀の涙であるため、補助魔法ぐらいしか覚えさせていないのだ。


「かくなる上は色仕掛けを──」


「やめてくれ」


「ふふ、そうですね」


 そもそも魔神に性別はないとされていて、状態異常の類もほとんど通用しない。

 まともに効くとすれば聖や無属性だが、武器を失った今の俺にはそもそも仕掛けることが叶わない。いったいどうすれば……。


「セーレ、なにを遊んでいる。早く終わらせろ」


「ほい」


 アラゴとベリロが振り回す矛槍スコーピオンはかすりもしない。

 天馬にまたがる魔神はレイピアを抜き放った。


「まずい、アルディナ」


「はい!」


 彼女は壁沿いに入口へ近づき、今更だが近衛兵たちに呪文を唱えた。


「《アイス・カーテン》!」


 いくら魔神といえど、最大まで強化されたグレーターデーモンの攻撃が当たらないはずがない。

 ジミマイが展開した冷気のフィールドに対する耐性を得てにわかに速度の上がった攻撃は、セーレの頬をわずかにかすめた。


つうッ……」


 美青年の表情が見る間に歪んでいく。これはまずいやつだ。


「よくもぼくの美しい顔に傷を付けてくれたな!」


 直後、アラゴとベリロはどす黒い血しぶきを上げてどっと倒れた。

 なんだと、まるで剣筋が見えなかった!


「このアマ! 殺してやる!」


「きゃっ!」


 一瞬のひらめき。とても攻撃をとらえることはできない。

 だがあまりにもベタな性格だから、俺は先んじて彼女をかばっていた。


「て、テンマさま!」


「……無事か、アルディナ」


「羽が破れて……でもたいした痛みはありません。それよりも──」


「気にするな」


 体中から血があふれ出す。さすがにこれ以上はまずい。

 あの軽薄なセーレがここまで強いとは思わなかった。序列が低いとはいえ、さすがは魔神か。


「ふむ。気づかなくてすまぬな、アガレス」


 唐突に、ジミマイは氷のフィールドを打ち消した。

 途端に動きが活発になったクロコダイルが尾を振り払い、勇者と女魔術師は壁面にたたきつけられた。


「ぐはっ……」

「あうっ……」


「あ、アバラが……おうぇ……」


「レ、レオン……!」


 口から血を吐いて、エゼルレオンは仲間のもとへと崩れ落ちる。


「ああ、情けなや。これほどまでに弱いとは。わが戴冠の儀に、いくらか花を添えてほしいものだ」


 倒れた六人を眺めて、魔王は悲し気な表情を浮かべた。

 これ以上戦うことはできない。倍の数でもってしても、足元にすら及ばないとは。

 隅っこでただ震えているのみだったインプは、翼をはためかせて近寄ってきた。 


「ウウッ、ゴメン。ポンポン、ポンポン痛イ……」


「いい、無理をするな」


「テンマさま、もう喋らないで……」


「ふん」


「勝負ありましたな」


 セーレは鼻を鳴らし、アガレスは淡々とつぶやく。

 あるじに応え、天馬はいななき、大鷹は鳴き、クロコダイルは喉を打ち鳴らした。

 そうか、敵の魔物を入れたら同数か。それじゃなおさら勝てるわけ……。


 魔物──


「ぐっ……ジミマイ。こいつだけは逃がしてやってくれ」


「だそうだ。どうするかね?」


「ウウ……弱クテゴメン……」


 俺は小声でつぶやく。


「ポンポン、耳を貸せ……」


「ナ、ナニ?」


「静かにしろ……いいか、地下に行き、博士に、グンデストルップ博士に……」


「グンデストルップ博士ガナンダッテ?」


「おまっ……ごふっ……」


 ダメだこいつ……。


 そういや死んだ俺の友達、こういう性格してたな。

 カードゲームをしていたら、後ろから素でカードの名前を言っちゃうの。ほんと、どうしようもない馬鹿だった。

 まあ、自ら手加減した上に、ヘマこいて指輪を取られる奴も大概だけどな……。


 このまま死んじゃえば、また会えるのかな?

 いやダメだ。あいつは間抜けだったけど、頑張ってた。

 俺とは違う、俺とは……。


「グンデストルップ? そいつは誰だ」


「さあ……興味ないね」


「わしは存じませぬ」


「ボクモシラナイ」


 魔神たちとインプは首をかしげる。

 もうおしまいだ。俺は死を、試練の失敗を覚悟した。


「──呼んだかね!」

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