第40話 エクストラ・エンディング

「なかなかお迎えが来ませんね。女神さまはお休みになられたのでしょうか」


「ううむ。陽の光をたっぷりと浴びて、お風呂に浸かり、いっぱいご飯を食べたら、そりゃあ眠くもなるだろうな……」


 俺は王の間に戻り、肘掛けに座るアルディナと小声で話し合っていた。

 勇者と女魔術師は相変わらず縄につながれたまま、近くで腰を下ろしている。


「いつまでこうしてればいいの、あたしたち。牢屋のほうがマシなんだけど」


「すまんな。余が帰還したら城から出してやることになっている。もっとも、王国に戻ることはおすすめできんがな」


 ふたりはうつむき、黙り込んでしまった。

 暇を持て余した俺は玉座に深く座り直し、見慣れた王の間を眺める。そこには魔神と悪魔たちが、今までと同じように配置されていた。

 ふと思い立って、三人に話しかける。


「戻るまでの間、余の配下が一堂に会したところを見せてやろう」


「それは興味あります!」


「ハハハッ、そうであろう」


 我ながら妙案だ。俺は立ち上がると、指輪をかざして次々と魔神を召喚し始める。もちろん、厄介な奴らに対しては警戒をしながら。


 赤カーペットに二列となり、アガレス、ブネ、ハルファス、ラウム、サブナック、ヴィネ、ハーゲンティ、ヴァプラ、アンドラス、フラウロス、セーレ、そして最後に蛇杖を携えた人型の魔神アンドロマリウスがずらりと立ち並んだ。

 これまで喚ばなかった悪魔も、施設の建設に貢献してくれた者たちである。


「これは壮観だな!」


「わあ、すごいです」


「なんて光景だ」


「あたしたちは、こんな連中の王に挑んでいたの……」


 すると右手に控えていたジミマイが拍手をした。


「すばらしい! すばらしい!」


 俺は少し照れながら返す。


「いつかソロモンの七十二柱を集められたら、すごいことになるぞ」


「ええ! ええ! 我らがテンマさまなら必ずや成し遂げることでしょう」


「よせ、ジミマイ。夢のまた夢だ」


「いいえ。テンマさまがこの世界に降り立つまで、我らは互いに争い、いがみ合っておりました。しかしこうして魔界に平和が訪れる日が来ようとは夢にも思わなんだ。この偉業を成し遂げられるのは陛下をおいてほかにありません。このジミマイ、感動の念を禁じ得ませぬ」


 天を見上げて目元を手で覆い、そのまま深々と玉座の前にひざまずいた。


「ああ、我があるじ、偉大なるテンマさま! どうかわたくしめに、あなたの美しき御手みて接吻せっぷんをさせてくださいませ……」


 そんな大仰な。日本人にはそのような接触する習慣はない。

 だがふと、亡くなった祖母のことが思い起こされてきた。

 彼女はある日、別れ際に突然、俺の左手に接吻をしてきた。それから死に至るまでの期間を思えば、死期を悟っての行動だったのだろう。

 あのときは嫌で嫌で仕方なく、家に帰るなりすぐ洗ってしまったが、あれだけ世話になっていたのに失礼なことをしたものだ。

 心に残る後悔の念が、自然と俺に、かしずく政務官へ左手を差し出した。


「ご苦労だった、ジミマイ。感謝している」



「……油断なさりましたな」



 ──しまった!


 北の魔王はほんの一瞬の隙をつき、中指にはまるソロモンの指輪を抜き取った。

 すると同時に、十二体の魔神はたちまちすべて消え失せた。

 しかし当のジミマイは姿を消さない。なぜなら、この上位魔神は指輪によって召喚された存在ではないから。


「クハハハハッ! 我はこの時をずっと待っていたのだ!」


「くっ、なぜだジミマイ!」


「なぜかだと、たわけが! 四大魔王たるこの我が、なぜ一介の人間に過ぎぬお前にこうべを垂れなければならぬのだ! そんなことは断じてあってはならぬ! 大魔王の器には、北の魔王たるこの我が最もふさわしい!」


 声高に叫ぶと、魔神は己の指にソロモンの指輪をはめた。


「まずいぞテンマ!」


 勇者の声に反応し、すかさず魔剣を握るも、時すでに遅し。

 ジミマイは一瞬で後方へ移動し、指輪を高々と掲げる。


「最後はお前のしもべで殺してやろう。出でよアガレス、セーレ!」


 唖然とする眼前で、指輪から放たれた光はシジルを床に浮かび上がらせ、魔神たちを喚び出していく。


「フーフー……。お呼びでしょうか、魔王陛下」


「ア・ファ・ラ・ラ・ラ。お呼びしましたか、我があるじ」


 クロコダイルにまたがり手に大鷹を乗せた老魔神に続き、ペガサスに乗る美青年の魔神が現れた。

 室内だというのに騎獣を含めた伝承どおりの完全体。これが人と魔王との格の違いなのか。というかセーレのやつ、召喚主で態度を変えやがって!


「こ、これは一大事だ!」


「どうすればいいんだ!」


 近衛兵グレーターデーモンEとFがうろたえる。こいつらに名前をつけるのを失念していた。

 インプのポンポンはその場を飛び回り、慌てふためく。


「アワワ……大変ダ大変ダ……」


 俺はこの状況に動転しながらも、魔剣ダムナカンサスを向けて吠える。


「やりおったな、ジミマイ!」


「フッフッフ、ハッハッハ、クハハハハッ! こんなに愉快なことはない。どうする人間。魔神を相手に無残に散るか、それともひざまずいて命乞いをするか?」


「そのどちらでもない。戦って勝つのみだ!」


「それでは今ここで皆殺しにしてやる。どちらが大魔王の器にふさわしいか、決着をつけようではないか!」


 下級の悪魔たちは隅に固まって震えだす。


「我々の出る幕ではない……」

「こっちを見ないでくれ……」

「クワバラクワバラ」


 ジミマイは笑みを浮かべながら、アルディナに向けて言った。


「どうするサキュバス。お前は人の側に付くか?」


「当然です! 私のあるじはテンマさまただひとり!」


「フン、しょせんは物質的な俗物よ。ならば主君とともに散るがよい」


 俺は無駄と知りつつも、二体の魔神に語りかける。


「セーレ、アガレス! どうしても戦うのか?」


「ぼくはソロモンの指輪には逆らうことができないんだ。きみにだって逆らったことは一度もないだろう? それと同じことさ」


「さよう。手塩にかけて育てたものに手をかけるのはつらいが、なに、また育てればよいだけのこと」


 やはり聞くだけ無駄か。

 続けて、視線をやらずに勇者と女魔術師に呼びかける。


「エゼルレオン、そして名も知らぬ魔術師よ。汝らはどちらにつく?」


「馬鹿にするな! 俺の敵はあくまで悪魔だ!」


「あたしは、地獄の果てまであんたについてくよ」


「お前……」


 こんな状況でいい感じになるな。お前たちは主人公ではない。


「巻きこんですまんな。ならば……」


 すぐさま勇者は背を向けた。俺はその縄を断ち切って、魔剣を放り投げる。


「テンマ、武器も無しにどう戦う!」


「魔法がある」


「ククク……我に貴様程度の魔術が通じるとでも?」


「やってみなきゃわからんだろうが!」


 その時、白熱した王の間に場違いな声が響いてきた。


「おはようございまーす。お疲れさまッス」


「先輩、十時になりました。交代の時間ですよ~」


「お前たちは、アラゴにベリロ!」


「うん? なんすか、この状況……」


「ど、どうやらお取り込み中みたいで……」


 どんな時でもタイミングの悪い奴はいるものだ。さすがに同情してしまう。

 すると、近衛兵EとFはすかさず出入り口に向かって駆け出した。


「助かったぜ、バトンタッチだ!」

「あとは任せた!」


『ええ!』


 困惑するアラゴとベリロの横をすり抜けようとした刹那──

 ジミマイは視線もやらずに後方へ腕を伸ばし、彼らの背に向けて呪文を唱えた。


「《アイス・コフィン》」


 一瞬にして氷漬けになった近衛兵たちは、アーチの下を滑り抜けていった。

 北の魔王は無感情のまま、不運な兵士たちに問いかける。


「これだから下等な者は……。どうする? お前たちは」


「侮るな! 我らが忠誠を誓ったのはソロモンの指輪ではなく、テンマさまだ!」


「そうだ! グレーターデーモンを舐めるな。このスコーピオンの錆にしてくれる」


「ほう、見上げた根性だ。名を与えられたぐらいでなびくとは、所詮は下等種か」


 これで辛うじて6対3。ポンポンは役に立ちそうにないし、ミークは寝坊か。

 ソロモンの指輪がある限り、向こうは数を更に増やすことができる。勇者と王国軍相手に手加減して遊んでいたのを、やり返されることになるとは。

 俺が右手を構えると同時に、仲間たちは戦闘態勢に入る。


 まるで想定外、いや、心のどこかで待ち望んでいた、最後の戦いが始まった。

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