第42話 最終決戦2

 アーチをくぐりひょっこり現れたのは、ほかならぬグンデストルップ博士だった。

 ジミマイは怪訝けげんな顔をして、年老いたアークデーモンを見やる。


「何者だ?」


「吾輩はグンデストルップ、魔改造研究所の所長でありますぞ」


「よくわからぬが、おとなしくすっこんでいたほうが身のためだ」


「それよりも、テンマさま聞いてくだされ!」


 北の魔王は一瞬で片づけられてしまった。

 たまに外野をまったく見れない人間がいるが、いちいち細かいことを気にする者を置き去りにして、どんどん成功や破滅の道を突き進んでしまうものである。


「博士、どうしてここに」


「聞いてくだされ、なんとあの実験が──」


「ああ、間に合ってくれたか……」


「実験? それは何のことだ、言え!」


「失敗したのです!」


「おい」


 もうやだコイツら。

 王の間にたたずむ魔神と地に伏せた者たちに困惑が広がっていく。


「あのあと吾輩の凝り性が発動してしまいましてな。ほんの少しばかり、アレンジを利かせてしまったのでございます。そうしたら……」


 一筋縄ではいかない癖の強い悪魔たち。自由をたっとぶ彼らを率いながらこの魔王城を築き上げるのに苦労した日々が、つい昨日のように思い出される。


「強くなり過ぎてしまったのです!」


「……なんだって?」


「それで廃棄しようかと思っていたら──」


「何をぬかすか。今すぐここに連れてまいれ」


「ケージを破壊して逃亡いたしまして」


「ほんともう、頼むから……」


「こちらに向かっているので気をつけてくだされと──」


 その時、王の間に激しい揺れが起きた。天井からわずかに粉が舞い落ちてくる。 

 続いてなにかの破壊音が響いてきた。音ははっきり徐々に近づいてくる。


「何事だ!」


 ジミマイはうろたえ、叫んだ。

 直後、入口のアーチが激しい音をたてて爆散した。すべての視線が一点に集まる。

 ゆっくりと散りゆく砂埃すなぼこりの中から、それらふたつは現れた。


 狼の頭、獅子の体、わしの前脚をもつ魔獣アルフィン。

 驢馬ろばの頭、駱駝らくだの体をもつ魔獣アロキャメルス。

 二体の合成獣はがれきをかきわけ、地響きを立てながら、王の間へと入ってくる。


「な、なんだと! あれはまさか、ヘラルディック・ビースト!」


 北の魔王は玉座に背を向け立ちすくむ。


「だけ、ではありませんよ」

「我々のことも忘れないでいただきたい」


 魔獣の背後から、赤い紋様に彩られた二体のグレーターデーモンが顔を出す。


「カコクセン、ダイジェ! 汝らも来てくれたか!」


 俺が歓喜の声を上げると、入口に倒れていた漆黒の近衛兵がわずかに声を出す。


「な、お前たちはまさか……」

「その体、いったいどういうことなのだ」


「すみません、先輩」

「俺たちちょっと、パワーアップしちゃいまして」


『ず、ずるい……』


 ジミマイはわなわなと手を震わせ、激高した。


「まさかこんなものを用意しておったとは!」


「形勢逆転だな」


「まだだ! このソロモンの指輪がある限り、我に敗北の二文字はない!」


 魔王は指輪を掲げて叫ぶ。


「出でよ、すべての魔神よここに集え! わが敵を残らず殲滅せんめつするのだ!」


「なに、ぜんぶ召喚する気か! いくらなんでもやりすぎだ!」


 かくして、筆舌に尽くしがたい大乱闘が始まった。

 魔獣アルフィンは、シジルから次々と出現する魔神を片っ端から切り刻んでいく。

 魔獣アロキャメルスは相棒の盾となり癒し手となり、首を振るって敵をなぎ倒す。


「は、早くあやつを止めるのだ!」

「オーオ! いま全力でやっております!」


 魔神が吹き飛ばされるたびに内壁が大きく凹み、天井から砂が降ってくる。

 この天守閣を建造するのに、いったいいくら掛かったと思っているのだ。

 魔獣たちはそんなこともつゆ知らず、豪快に城を破壊しながら歯向かう悪魔たちに制裁を喰らわしていく。


 一方カコクセンとダイジェは、先輩であるアラゴとベリロに新たな力を見せつけるかのごとく、セーレと互角の戦いを繰り広げる。


「クソッ、クソッ、クソッ、クッソォオオ!」


 美貌の魔神は怒りと焦りの入り交じる醜い様相となって、赤きグレーターデーモンに切りかかる。

 二体の悪魔は矛槍スコーピオンの性能を最大限に引き出して、斬る、突く、払う、引っ掛ける……あらゆる攻撃を駆使して天馬にまたがる美青年を追い詰めていく。


 不運にも交代の時間とかぶった先の二体にとっては、まさに泣き面に蜂。圧倒的な力の差を目の当たりにして愕然としていた。

 俺たち人間とサキュバスにインプは、うのていで玉座の前へと避難し、大乱闘を見守るしかなかった。


「つ、強すぎる……。かくなる上は……」


 突然、ジミマイはまるでつぼみのように手を交差させ、天へと向けた。

 アンドラス相手にこの技を使った女魔術師が叫ぶ。


「まずい、あの構えはブライニクル! 絶対に撃たせてはダメ!」


 《ブライニクル》──それは死の氷柱つららと呼ばれる海洋現象だ。


 現代の魔術はしばしば科学情報を参考にして作られる。

 既存の効果を組み合わせて独自の魔法を作り出せるこのゲームにおいて、俺はこの呪文に『即死』と『蘇生不可』の恐ろしい組み合わせをねじ込んだ。

 それでいて威力も範囲も兼ね備えた、最強の氷属性魔法。

 その代償は、多大な魔力と詠唱時間である。しかし──


「は、早い! 《高速詠唱》だわ!」


「まさか味方をも巻き込むつもりか!」


 ジミマイの手から降りてくる冷気は、床を伝って渦巻きながら伸びていく。


「死なばもろとも! すべてよ凍り付け、《ブライニクル》!」


「させない! 消えよ、《ディスペル・マジック》!」


 女魔術師の抵抗は、魔神の有する特性によってむなしく弾き返される。


「寝室への扉は……ダメだ、開かない! みんな玉座の上に逃げろ!」


 俺は傷ついた勇者を背負い、ダメ元でわずかな高所へ避難する。

 赤きグレーターデーモンは漆黒の仲間を抱きかかえて飛び立った。

 直後、最強の氷属性魔法が完成し、床に足をつけていたすべての魔神と魔獣が一斉に氷像と化した。


 冷気の覆いが弾け飛ぶと、アルフィンとアロキャメルスは崩れ落ち、氷漬けの魔神たちはぜんぶ消滅した。ただ一柱、からすの魔神だけは危機を察して難を逃れた。


「勝負あったな、テンマよ」


「くっ……」


「せめてもの慈悲を与えてやろう。わが前にひざまずけ、《ペニテンテ》──」


 また氷の大技。今度こそ終わりだ。


「くっ、魔力が……」


 思わずつむった目を見開くと、ジミマイは片膝をついていた。


「……ほう、ついに尽きたか」


「だからなんだ。薄氷だが……我の勝利だ」


「それはどうかな。時を待っていたのはお前だけじゃない。ジミマイ、これを見ろ」


 俺は懐から取り出したあるモノを北の魔王に見せつけた。


「貴様! それはまさか──」


「そう、そのまさかだ。俺はただの『ラスボス前症候群』なんかじゃあない」


 ガラスの瓶を開き、頭上に掲げる。

 その中に満たされるのは、虹色に発光する謎の液体。



「俺は……『ラストエリクサー症候群』との合併症だったのだ!」



「な、なんだってえええ!」


 それは秘蔵の薬を最後まで使わないケチ……いや、日本が誇るMOTTAINAI精神がそうさせてしまう、切り札の温存術。


「だが今、俺はそのどちらをも克服する!」


 飲んではいけない色をしたそれを一気にあおり、己の体力と魔力が全快になった。


「させぬわ! ラウム、奴の尊厳を傷つけろ! あやつのパソコンからフォルダーを根こそぎすべて、生きとし生けるものにばら撒いてやるのだ!」


「みんな困るからやめて!」


 悪魔の恐ろしい脅しに、アルディナが悲鳴を上げる。

 魔神ラウムは、和解のほかに人の尊厳を失わせる権能を併せもっていた。


「だからどうした! 俺が苦労して集めたデータに、恥じるものなどなにもない! 俺の物語は、俺にしか書くことはできない!」


「ええい小癪こしゃくな! かまわん、やれ!」


「ガァー! 重荷を外せ、《ドレス・リヴァーサル》!」


『きゃあああああ!!』


 背後からふたりの女性の叫びが聞こえる。なんだか急に涼しくなったようだ。

 赤子のようなインプが叫ぶ。


「スッポンポンダ!」


 『脱衣』──それは装備を解除する、絶対に許してはならない開発の暴挙。


 だが俺は二体の魔神を前に、堂々と両のかいなを広げる。


「俺はもう、自らの弱みは隠さない。エ〇画像も! 性癖も! 股間も!」


「それは隠して!」


「全身急所、すべてが丸出しの男──それがこの俺、テンマさまだあああ!!」


 コンプライアンスの都合上、インプがすっ飛んできて俺の大事な場所を覆う。


「ナニをしとるんじゃおぬしは! ちっとは恥じらえー!」


 魔王は手で顔を覆っているが、指の隙間からばっちりこちらを覗き見ている。


「行くぞジミマイ、歯を食いしばれ。今、すべての魔力をここに込める」


 さあ、恥を捨てろ、馬鹿になれ! 羞恥しゅうちを脱ぎ去った者に敵はない!

 全身から流れ出るちからが両の手にほとばしる。



「喰らえ、わが究極奥義!

 《ドラゴン・ストーム》!!」



「ま、待て、やめろ、やめるのじゃあああああ!!」


 それは、近年になって土星で見つかった桁外れの対流嵐を元にして生みだされた、ただひたすらに威力を重視し、すべての魔力を費やすロマン砲。


 巻き起こった爆風が、敵も味方も城壁も、すべてを天へと吹き飛ばす。

 一瞬にして俺の周囲は、きれいさっぱり何も無くなった。

 たくさんの悲鳴が遠ざかっていくなか、額の汗をぬぐう。


「…………ふう。スッキリした」


 ──のじゃ?


 今、ちょっとした違和感を覚えたが、聞かなかったことにしよう。

 まっさらになった天守閣。

 空からきらりと落ちてきた指輪を受け止めると、次々とみんなが降ってきた。

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