第6話 酒場にて

 なにもない周囲の空間が、徐々に景色へと変貌していく。

 すべての情景が可視化されたとき、俺たちは城下町にある酒場の前へと移動が完了していた。


「着いたよう」


「助かった、セーレ。恩に着る」


「なんのこれしき。お礼は美容グッズでお願いするよ」


「わかったわかった。この世界に存在するならな」


 ダークな世界観ゆえに、奇怪な生物の残骸から取り出したグロテスクなアイテムが多かったが、きっとお化粧品なんかもあるのだろう。想像したこともなかったが。


「ここがタンジール亭か」


 本作における施設の名称は、現実の地名などからとられているようだ。

 酒場の看板を見て、ふとつまらぬことを思い出してしまった。


 生前の俺には、あるひとつの夢があった。

 それを叶えるために長いあいだ取り組んでいた作品が、もし次を書く機会に恵まれたら、その最初の舞台はこのような場所になる予定だったのだ。

 一作目も終わらせていないうちからその続きを書くとは、取らぬ狸のなんとやら。それでも想像するのが楽しくて、イメージを膨らませて先の先まで考えていた。

 結局のところそれもまた、手こずっている作品からの逃避であったのだろう。


「あ、どうぞ!」


 唐突にサキュバスが進み出て、扉を開けた。


「アルディナは気が利くな」


「いえ、私はこのぐらいしか……」


 そういえば、この夢魔のあまりの弱さに、どう活かせば編成に留められるかを苦心した記憶があった。

 できることをする。それは俺に欠けていた何かのように思われた。


「あら、テンマちゃん、いらっしゃい」


 扉の先から現れた、馴れ馴れしいサキュバスの店員が出迎える。

 ゲーム中ではアルディナと同グラフィックであったが、この世界ではだいぶ容姿が異なっていた。毛先を赤く染めた金色の髪は、いかにも人付き合いに慣れている感が現れている。

 挨拶はそこそこに、店主はどこかと尋ねようとすると──


「あ、あれはまさか!」

「おお、すげえ、本物だ!」

「なんて幸運だ!」

「勇者とやらを見に来たら、陛下にお目にかかることができるなんて……」


 酒場の客であるレッサーデーモンたちが口々に感動をあらわにする。

 最低限の戦闘力があり、数も多いこの下級の悪魔たちは、魔王城ひいては城下町の発展において、欠かせない存在であった。

 そんなことを言われてしまっては、こう返さざるを得ない。


「今日は余のおごりである! 存分に楽しむがよい!」


「うおおおおお! さすがは我らのテンマさま、話がわかる!」


『大魔王! 大魔王!』


 最高に気分が良い。現実でもこんな事をしてみたくなった。


「で、テンマちゃん、本日は四人連れ? お爺ちゃんと小娘と、あらイケメン!」


「そういうくだりは要らないから、店主に通してくれ」


 店の中には、くらりとするような強い酒の匂いがただよっていた。

 今は呑まないと決めてはいるが、べつに飲めないわけではない。母方は米どころの血が流れており、父方には齢百に近い酒豪がいる。どうやら家系的には強いほうで、ぐでんぐでんに酔ったりはしない。

 なにしろ亡くなった祖母は子供のころから……おっと、この話はナシだ。


「これはこれは、大魔王さま。ようこそいらっしゃいました」


 奥へと案内されると、現れたマスターはうやうやしくこうべを垂れた。


「さて、主人よ。ここに勇者が来ていると聞いてやってきたのだが、会えるかね?」


「やはりあのことでございましたか。じつはそれが……」


「どうした? 言ってみよ」


「エゼルレオン殿は、未成年飲酒が発覚して捕らえられました」


「どういうことなの!」


「自分は成人しているから問題がないとのたまっておりましたが、なにせ二十歳などまだまだ赤子。二百歳でなくてダメだと、ちゃんと法律で決まっているのです」


「悪魔的基準!」


 そんな設定まであったとは。これはしてやられた。


「では現在どこにいるのだ?」


「魔王城の地下監獄にとらわれてございます」


「仕方ない。セーレ、今度はそこへ頼む」


「あいあい」


 先が思いやられる。

 たった一作のエンディングを迎えるためにここまで時間を使っていては、はたして女神の決めた期限に間に合うかどうか怪しくなってきた。

 現状を楽しみつつある反面、これはほんの始まりに過ぎないのだ。

 そんな不安をいだきつつ、俺たちは次なる場所へと向かう。


 監獄か、懐かしいものだ。

 じつを言うと網走刑務所に収容されてたことがあるんだ。……もちろん観光で。

 プレイ中はあまり用がなかったのでイメージもしてこなかったが、魔王城のそれには段々と興味が湧いてきた。いったいどんな奴がぶち込まれてるんだろうな。

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