第5話 集いし仲間たち

 さっそく行動に移そうと気持ちを切り替えた瞬間、ふとあることに気づき、眼前に立つジミマイに尋ねた。


「あれ、どうやって移動するんだっけ?」


「場所を思い浮かべていただければワープができるかと」


「自信はないが、やってみよう。うーん、酒場、酒場、酒場……いや、無理だ!」


「それではセーレをおびください」


「そういえばそういう設定なんだっけ。セーレを仲間にしたらワープが解放されたんだった」


「陛下の持つソロモンの指輪に、ただ命ずればよろしい。さすればあなたさまが支配する悪魔たちは、ただちに駆けつけるはずでございます」


 面倒くさい召喚の儀式なんてものはない。これぞご都合主義の極みファンタジー。


「ようし、出でよセーレ!」


 左手の中指に着けた指輪を高々と掲げ、叫ぶ。

 すると指輪から放たれた光の先に、シジルと呼ばれる悪魔ごとに設定された固有の印章が浮かび上がり、すらりとしたひとりの美男子が姿を現した。

 当然、『お呼びですか、ご主人さま』というお決まりのセリフを期待したのだが、その者はじっと手鏡を見つめてうっとりとしていた。


「はあ……美しい。なんて美しいんだ。今日のぼくもじつに美しい……」


「もしもし、セーレ。いきなり呼びつけて悪いんだけど──」


「ああ、愛しのぼくよ!」


 自己愛が感極まって、鏡に映る自分に接吻した。まるで話を聞いていない。


「おい、セーレ! 俺を無視するな!」


「ふぁん? おや、ぼくの目の前にご主人くんが見えるなぁ」


「しっかりしてくれ! 急ぎの用なんだ。そういうボケはいらないから!」


「なにも生き急ぐことないでしょう、愛しのあるじよ」


「いや、死んでるから! んなこたぁどうでもいい、今すぐワープしてくれ!」


「仕方ないなぁ……」


 セーレは渋々と手鏡をしまうと、ようやく自らの権能を行使しようとした。


「お待ちになってください。失礼ながら申し上げます。その様子ではひょっとして、仲間の編成もお忘れなのでは?」

 すかさず有能なジミマイが制した。


「たしかに。どうやるんだっけ」


「ではアガレスを喚ぶといいでしょう。この世界のあらゆることを教えてくれるはずでございます」


「あの口うるさい爺さんか。今どきナビゲーターが爺さんってどうなんだ。どこぞのカードボードゲームじゃあるまいし。原典にこだわるのもいいけど、悪魔なら男にも女にもなれるだろうに……」


 とはいえ、なにもわからない状態では危険すぎる。ぶつくさと言いながらも次なる悪魔を呼びつけることにする。


「出でよ、アガレス!」


 飾り言葉は一切なし。気の利いた言葉をもっと学ばなくてはいけない気がする。

 そんな心の迷いはともかくとして、物語の序盤から主人公を親身に世話してきた、老人の姿をした悪魔が姿を現す。しわ深いその手には、一羽の大鷹が乗っていた。


「おお、これはテンマさま。いったい今まで何をされていたのです!」


 テンマ──そういえばそんなネームをつけていた。周りがみな敬称で呼ぶせいで、今の今まで完全に失念していた。

 その名前の由来は、自分の苗字である尾張から織田信長を連想して、第六天魔王、そこからテンマというわけだ。

 西洋の世界観をしたファンタジーばかり親しんできたせいで、本来の天魔についてほとんど知識がないのはご愛嬌。


「アガレス、じつはパーティ編成の仕方をあらためて教えてほしいんだけど──」


「なんですかその喋り方は! 大魔王として素養がまるでなってない!」


「うわっ! つばを飛ばすな!」


「テンマさまの教育係としてこれだけは言わせてもらいますぞ。思えば出会ったときから弱腰の選択肢ばかりお採りになり、配下を甘やかしてしつけが一切……」


「お小言はあとで聞くから、早く教えてくれよ。俺……余は急いでおるのだ」


「ふむむ……かしこまりました、あとでたっぷり言わせていただきます。それでは、ショートカットのCtrlとPキーを同時押ししてください」


「いきなりシステムボイスになるな! っていうかキーボードどこ!」


「むう。では頑張ってイマジネーションで……」


「想像力頼り!」


 仕方ない。言われたとおり頭のなかでイメージを組み立ててみる。

 『デモニック・キャステラン』の最大編成数は多いが、操作性を考えて最低人数で行動する機会は少なくなかった。

 こちらの支配下にある城下町で、正義を重んじる勇者が相手となれば、不意討ちを食らうこともあるまい。


「ジミマイは魔王と政務官の掛け持ちで忙しそうだからここに残ってもらうとして、とりあえずアガレス、セーレ、そしてそこの……」


 俺は、ずっと隣で静かにしていたサキュバスを見やる。


「私ですか?」


「そう、汝だ。アルディナ」


 下位の夢魔である彼女は戦闘力が低く、完全に見た目だけのキャラクターだ。

 序盤に仲間となるこういう弱い者たちを切り捨てて、次々と強い悪魔に乗り換えていくのがこのゲームのセオリーと思われるが、苦戦する程度の難易度を好み、愛着を捨てきれなかった自分は、いつまでもこの娘を編成に残していた。


「とりあえず四人もいれば十分だろう。いざとなれば追加で喚び出せるしな」


「さようでございますな」


「わかりましたご主人さま、どこまでもついていきます」


「はあ……じつに美しい」


「お前は鏡をしまえ!」


 すっかりキャラが変わったサキュバスのことは気になるが、いちいちつまらぬものを気にして先に進めないのが俺の悪い癖だ。ここはいちど忘れることにしよう。


「それじゃあ行くよう、みんな。ところでご主人くん、どこへ飛べばよいので?」


「酒場に行っておくれ」


「あいよ、かしこまり」


 そう言ってウインクをすると、術式を組み立て始める。

 軽薄で頼りがいのなさそうなセーレだが、悪魔にしては珍しく性格が温厚で、序盤に仲間になるがゆえに付き合いが長い。

 原典に忠実で化け物揃いの本作にあって、男ではあるが容姿に優れたこの悪魔は、そばに置いておいても不快感がないのは良い点だ。


 それに引き換えてアガレスは、しわくちゃの爺さんであり、まことに口うるさい。とはいえ右も左もわからない序盤から、人間である主人公を親身になって世話をしてくれて、裏切る心配がない安心感があった。


 サキュバスは相変わらず俺のすぐそばで不安そうにしている。

 これまでそのような描写は一切なかったが、実際のところ、下等の夢魔が上位魔神に囲まれれば恐怖をいだくのはなんら不思議でもなかった。

 作中では演出の都合で一瞬だったワープも、それなりに時間がかかる。


「陛下、どうか気をつけていってらっしゃいませ」


「ここは任せたぞ、ジミマイ」


「御意」


 北の魔王はそう言ってあらためてひざまずく。

 入口に控える近衛兵グレーターデーモン二体は、スコーピオンと呼ばれる最上級の矛槍を高々と掲げた。

 大魔王まで逮捕されるなんてオチではないだろうな……。俺はふと不安を覚える。

 転送の魔法が完成すると、俺たちは一瞬にして魔王城をあとにした。

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