第32話 妖精型自動人形

 ニールは警戒した様子でゆっくりと立ち上がると、エマから距離をとりながら私のそばに近寄った。


「君は普通の自動人形と何が違うんだ? さっきの声は……記録で聞いた母親の声にそっくりだ」

「簡単に言えば自動人形の上位機種で、搭乗員クルーの精神管理を担当します。私の本体は妖精ノ国にあるので、お母様の音声記録で旦那さまを守ろうとしただけです」


「エマ、搭乗員クルーってなに? 分かるように説明してほしいわ」

「説明の前に、部屋に開いた穴を修復してもよろしいですか?」


 おば様が放った電気銃が壁や天井に大きな穴を開けていた。座り込んでいた、ジョンが立ち上がり、エマを躊躇なく抱きしめる。


「屋敷よりエマを直さないと……」

「私は後でも大丈夫よ、ジョン。屋敷の他の人間が気づく前に綺麗に直しておきたいの。精神不安を広げたくないの」


 エマが空中に指先で文字を書く仕草をすると、壁の穴と天井の穴が周囲からニョキニョキと伸びてニールの部屋は元通りになった。


「すごいな……これが君の力なのか? 魔術師みたいだ」


 ジョンが感心したようにつぶやく。エマは胸に開いた穴もなでて直した。あっという間だった。

 ニールも信じられないような目つきでエマを見つめた。


「いったいどうなってるんだ? 詠唱も無しに傷を塞ぐことができるというのは……それにアナスタシア、君もエマが自動人形だと知らなかったのか?」

「今知ったわ……ね、エマ。どうして教えてくれなかったの?」


「すみません、お嬢さま。先ほども申しましたように、搭乗員クルーの精神状態の安定を第二の行動原理にしています。お嬢さまはたくさん手術をされる中でを欲していらっしゃったので人間として振る舞うしかなかったのです」


 確かに治療院は治療を優先する自動人形ばかりだったし、そんな自動人形が苦手だった。いつもそばで励ますエマがいなかったら乗り越えられなかったかもしれない。

 ジョンがエマに尋ねる。


「さっきから君が言う、搭乗員クルーって何だい?」

「……搭乗員クルーは人間のことです」

「つまり君は人間の精神安定のためにいるってこと?」

「正確にはお嬢さまの精神安定のために、人間らしく振る舞うことが私の行動原理なのよ、ジョン」

「……もしかして俺と付き合ったり、休みを合わせてデートしてくれたのも人間らしく振る舞うためなのか?」

「ジョンその通りよ。お嬢さまにも私たちの関係が刺激になるように」

「エマっ! あなたジョンにそんな……」


 そんな言い方しちゃダメだよ、とは言えなかった。ジョンの恋心は私のために利用されていたということだ。原因は私にある。

 ジョンがぎこちなく微笑んだ。


「俺は、大丈夫ですよ奥さま。元々エマが人間でないのは……分かってました。だけどエマの一番は俺じゃなくて奥様なんだな……」

「そうです。あなたではありません」

「エマ、っ!」

「いいですよ、奥さま。彼女はあなたの所有物だ。俺がそうと知りながら勝手に使っただけです……」


 ジョンは一礼すると部屋から飛び出した。


「エマ、すぐに彼を追いかけて、仲直りしてきて。あんな言い方でジョンを傷つけないで!」

「お嬢さま。大丈夫です。彼は自動人形愛好者ですよ。心の整理ができていないだけで、自動人形に行動原理があることを理解する彼は分かってくれます」


 エマ……こんな冷たい人だったっけ。彼女も自動人形だから?

 ニールが私の肩を優しく叩いた。


「アナ、ジョンのことは俺も気にかけてみるよ……ところでエマ、君はいったい誰の命令で、その行動原理とやらを動かしている?」

「すみません、お答えできる権限が付与されていません」

「君みたいな存在は他にもいるのか?」

「搭乗員が今より多かった時代にはたくさんいましたが、旅する中で私たちもかなり減りました」


 妖精みたいな比喩をエマは使った。


「エマ……旅って何?」

「あらゆる魔術書の序文にある、『我々は別の世界より来たりしもの世界の搭乗員となりて別の世界へ行く旅人なり』のことです。長い年月の中で、世界の在り方は変わり、あなたがたは自分が旅人であることを忘れつつありますが」

「あの序文は意味があったんだな」


 2人の会話が理解できない。ニールがわかりやすく補足してくれる。


「魔術師しか知らないのことだが、世界は巨大なベッセルで、俺たちは他の場所から他の場所に旅してということさ。俺も魔術師の資格を得るときに習った、この世界は柱のような形で内側に俺たちは住んでいる。百貨店の屋上から旅行で訪れた港町の明かりがの雲の向こうに見えただろ?」


「待って、でしょ?」 


 ニールに腕に力を込める。


「昔は違ったらしい。大地はどこまでも平らだったと言われている。だが俺も自分の目で見たわけじゃない。俺たちにとってはさ」


「文化司書をしているくせに、そんなことも知らなかったわ……」


 エマが優しくほほえんだ。


「お嬢さま、文化とは当たり前なことほど伝えていくのが難しいから仕方ないのです」


「そっか……確かに今の結婚制度も当たり前すぎて形式化してしまってるものね……エマ、マリナおばさまはあなたの力で直せないの?」

「……直せなくはないですけど、暴走する可能性がある以上、直しません。この自動人形はお嬢さまと旦那さまが子どもを作る土壌を形成する、という命令で動いていますから」


 ニールが眉間を押さえて首を振った。


「いったい、誰がそんな命令を出してる?」


 エマはしばらく黙り、そして呟いた。


「回答権限がありません。ごめんなさい。教えることを許されていないんです」

「エマ、君の上位の存在は誰なんだ?」

「妖精ノ国の女王、タイターニアさまです」


 妖精ノ国……人間は命尽きて妖精になり、タイターニアの元で過ごすと言われる。タイターニアは妖精ノ国の管理者だと聞いたことはあるけど……実在していたんだ……。


「タイターニアか……俺は御伽話だと思っていたが……」

「お会いしてみますか? 旦那さまが知りたいことを女王は教えてくれるでしょう」


 ニールは何か考えるように遠い目をしている。


「駄目よ! タイターニアに会うには妖精になるってことでしょ!」

「大丈夫ですよ。魔術師であれば妖精でなくともお会いすることはできます」


「エマ、君は暗に俺を妖精ノ国の女王に合わせたいのか?」


「そうですね。時間がないので女王は直接お話をされたいようです。旦那さまの安全にはエマが責任を持ちます。だから、ベッセルを使ってお越しください」

 

「それもお答えはできません」

「……会ってみるしかないな」

「やめて、ニール。何だか嫌な予感がするの……」

「お嬢さま、エマのことを信じられませんか?」

「……だってあまりにも……」


 衝撃の事実の連続で、とにかく今は1人になりたくはない。ギュッと彼の袖を握ると、ニールは優しく私の背を撫でた。


「不安なのはわかるが、どうしても確かめたいことがある」


 何が? 聞こうとしたが、ニールが呟いた睡眠の魔術で私は意識を失った。

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相性98%の結婚〜白い結婚を望む伯爵様はなぜか私を溺愛したい〜 佐久ユウ @sakuyusf

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