第31話 念話具と本当の話

 週末、シャドウ大佐と夫人の訪問があった。夫人はは三人目を妊婦中で8ヶ月らしい。

 小麦色のショートヘアが上品で、エメラルド色の瞳を慈しむようにお腹に向け、ソファーにかける。さりげなく大佐もエスコートされて、仲良さそうだ。

 話すと一つ年上のエミリーは気さくな人で、私たちは名前で呼び合うほど打ち解けた。


「……それにしてもアナスタシア、先日はごめんなさい。夫がいらぬ心配させたわね?」

「いいえ、私こそ騒がせてごめんなさい」

「お詫びでは無いのだけど、これ受け取ってくれる? 私は魔術具のデザイナーしているの」


エミリーが出した小箱を開けると高級そうなイヤリングが入っている。


「こんな高価なものもらえないよ」

「実は半月前、ニール先生からご注文頂いたの。結婚祝いとして受け取って」


 隣でニールが補足した。


「念話をしたがってたから、検診に来られた時に頼んだんだよ。私も仕事中は難しいが……」


 紅茶を飲んでいたシャドウ大佐がニヤリと笑う。


「ニール君、そこは思ったままに『たが君の念話は最優先だ』だろう?……痛っ」


 エミリーは大佐の頬をつねる真似をした。


「勝手に心を見ちゃダメでしょ! すみません……でも録音機能でメッセージも残せるわ」

「いや夫人お気になさらず。録音機能も付けて頂いて、ありがたいです」


 ニールが頬を染めつつ、敬語で話しすのが新鮮だったが、大佐はそんな彼を面白がっていた。


「君も隅に置けないねぇ。夫人、エミリーはニラヤカナヤ国王では魔術具のトップデザイナーだよ。遠慮なく使っくれないかい?」


 確かに金色の繊細なラインで繋がれたブルーダイヤとアメジストは上品で洗練されている。


「アナ、そう言う事だ。耳を出して」


 不意にニールの指先が左耳に触れて、変な声が出そうになった。エマが持参した手鏡で見ると、重さも感じさせないし、私ではないみたいだ。


「もしかして、ニールと私の瞳をモチーフに?」

「気づいてくれて嬉しいわ。使い方は念話する相手を思い浮かべて。貴方の感覚野と同期するから」


 エミー夫人が書字板タブレットを打ちつつ、私の耳に手をかざして術式を唱える。

 視界に書字板タブレットの画面が浮かび、ニール、シャドウ大佐、エミリー夫人の名前が並んだ。


「事前に念話先のコード登録が必要だけど、ひとまず身近な人は登録しておいたわ。念話したい相手に指をかざして、押し込んでみて」


 ニールのところに指をかざして押し込むと、穏やかなメロディが流れた。


<ニール、聞こえる?>

<聞こえるよ、アナ>


 チラリと横を見るとニールは口元を動かしていないのに、彼の声が頭の中に直接響いて驚く。


「良いみたいね。会ったことのある相手が魔術師か念話具を持っていれば自動的にコード登録されて、今みたいに会話できるの。うんと昔は電話と言われたみたい。慣れたら念じれば使えるわよ、頭の中で独り言をいうみたいに」


<すごい。本当にニールなの?>

<ああ、君の唇にキスしたい。とかね>


「ええっ!」


 思わず彼をみると、ニールは大佐をにらんだ。


「シャドウ! 人の念話を勝手に奪うな!」

「注意喚起だよ。上位魔術師には会話が筒抜けになるってね。あとは王の目も監視している」


 エミリーが眉を寄せた。


「シャッド! そんなことできるのは貴方の他にはほんの数人よ。王の目が動くのだって犯罪が起きたときだし……普通は大丈夫。そもそも任務外で乗っ取ったら普通は処罰されるの。シャッド、友達に失礼な事をしたから謝って!」

「すまなかったよ、ファンディング夫人」


 首をすくめる大佐はエミリーに頭が上がらないようだ。


「あの、両親に念話したいときは……」


 3人から笑みが消えた。エミリーが大佐に『ちゃんと聞いてないの?』と耳打ちした。


<アナ、今は来客中だ。実家への電話は今度にしよう。魔術具の操作は俺が教える>


ニールが念話で話すので、声に出てしまう。


「何で? 登録法を知りたいだけよ?」

「いやアナ、……その……」


 エミリー夫人が遠慮がちに口を開いた。


「貴方のご生家ボルネア伯爵家の識別コードが探しても無いの……貴族の屋敷に念話具がないなんて無いはずだけど」


 大佐の紅い瞳が私を見つめている。


「すみません、2年前まで治療院いたから分からなくて……あ、エマなら何か知ってる?」


 だがエマは手鏡を戻しに行ったのか姿がない。呼び出しベルを鳴らそうとした手をニールがつかんだ。


「アナ……俺も探したが見つからなかった。本当の事を教えてくれないか?」

「え? 確かに辺境で農地も動かなくなるけど、あるはずよ、書字版タブレットで動画も観てる」


 シャドウ大佐が私に尋ねる。


「夫人、退院後はどこに?」

「2年前に退院して、おば様の家で花嫁修行してました。2ブロック先の教会の前にありますよ?」


 皆、黙ってお葬式みたいになる。「スコーン、お代わりいかがですか〜」とやってきたバノックも異様な雰囲気を察したらしい。


「どうしましたか?」

「あ、スコーンは美味しいわ。このスコーンは彼が焼いたの。実は百貨店の戦勝セール記念福引きの一等賞で……どうしちゃったの?」


 変な空気を変えたかったけど、失敗した。じっと私を見つめていたシャドウ大佐が瞳を伏せた。


「ニール君、一つ違う事実があるよ」


 え? どういう事?


「夫人、すまないが君の退院記録を探った」

「シャッド! また『見た』の? 許しなくするなんて失礼……」

「エミリー、いいわよ。退院記録くらい構わないし、2年前の春だったはずですよ」


 だが大佐は首を横に振り、鞄から書字板タブレットを取り出す。


「見つけた記録だ。退院は結婚式当日の朝だよ。これは治療院の玄関にいる自動人形の視界の録画さ」


 画面の日付は結婚式当日、私が一人で治療院から出てきた。赤色の枠に収まるオフショルダー花嫁衣装の私。首にはジルコニアのダイヤモンド。その裾を持つのはおば様だ。


 おば様に付いた青色の枠は何? 馬車が庇の下に止まり、御者にも同じ青色の枠が付く。私たちは馬車に乗り込む。


「私……屋敷から出た記憶があります。朝は朝食を食べ過ぎてしまって、お昼を抜いて急いで会場に向ったはずで!」


 大佐は書字板タブレットの上で指を滑らす。映像が二頭の馬の背に切り替わる。


「これも見てくれないか? 馬車の御者の記録だ」


 馬車の馬が見え、貴族の邸宅街の大通りを行く。通りを行く人々に重なる枠は赤よりも青が圧倒的に多い。教会が右前方に見えてきた。


「ほらこの教会、この教会の前がおば様の……」


 馬車が協会に近づくと、教会の前の屋敷の門が見え……なかった。そこは石畳の広場だ。


「アナ、教会の前は広場だ。週末マーケットを開くための場所になっている」


 冷たくなった私の手をニールが握った。

 どういうこと?


 早送りになって王城になる。御者の視界から馬が消え、馬車の扉が写る。扉が開くと青い枠に重なるおばさまを映し、赤い枠に重なる私が降りる。

 やってきた王城の従者には青い枠が映る。隣に立って招待状を手渡すおばさまも青い枠。


 この赤と青の枠は何?


「この枠は何ですか? どうして王城の従者とおば様が同じ青色で、私は赤なの?」


 シャドウ大佐とエミリーは黙っている。ニールが私の手をギュッと握った。


「アナ。青枠は自動人形、赤枠は人間を示すんだ。つまりこの映像で君のおば様が自動人形だと証明された」

「なに言ってるのニール? 人間だよ?」


 ニールは私をギュッと抱きしめた。

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