第17話 私のおば様

「アナスタシアは旅の疲れが出ただけです。ノンリコース伯爵」


 ニールが根気強く説明するが、おば様は全く理解しようとしてくれない。


「まぁ、そうよね。心音が聞こえるまでは安心できないですもの。でも良かったわアナ」


 似た趣旨の言葉を繰り返すので、さすがに私も腹が立ってきた。


「だから赤ちゃんではなくて、疲れただけ」

「アナ、最後まで言わなくても分かるわ。歩けなくなるほど愛されるのは悪いことじゃないの」


 もう! だからニールにも歩くって言ったのに。病み上がり私を抱き抱えてくれたのは嬉しいけど、おば様に要らぬ誤解をさせてしまったじゃない!


 当のニールは苦い表情して紅茶を飲んでいる。それにおば様は本当に私たちの話を聞いてくれない。


「アナこれ見てちょうだい。ユリエが里帰り出産できるようにしてるみたいよ」


 お母様も……気が早すぎるわよ。おば様は若干引き気味の私の顔色なんて気にせずお鞄から出した書字板タブレットを見せる。


 愛らしい部屋にはベビーベッド、天井からモビール。数々のおもちゃ。完全に完成されたベビールームが映し出されていた。


 隣に座るニールがチラリと横目で覗き、ますます苦い表情になるので、私は小声で耳打ちする。


『ニール気にしないで。母はもともと可愛い物をコレクションする趣味があるの。あれは単なるコレクション部屋よ』


 私はおば様に向き直った。


「おば様、ご存知の通り夫は産婦人科医。子供ができたとしても里帰りはせずにこの屋敷で産むわ」

「そうね。六つ子でもニール先生なら大丈夫だわ」


 おば様は地雷処理班なのかしら。どうしてこうも他人の地雷ばかり踏むんだろう。


 日頃は紳士的で優しいニールもさすがに痺れをきらしてきたらしい。珍しくやや乱雑にティーカップをソーサーに戻した。かれこれ一時間以上話しているのだから仕方ない。


「すみませんが、ノンリコース伯爵。アナの身体に障るといけないので、今日はもうこれで……」


 おいとまの挨拶はこれで10回目だ。暗に帰れと言っているのに気づかないおば様は本当にマイペースを地で行く人だった。


「待って、お見舞いの品を持ってきたのよ」


 今ですか、今? かれこれ一時間以上話して今出すの?


 思わず心で突っ込んだが、ニールですら次々と並べられる品々にあからさまに眉をひそめた。

 テーブルの上におば様が並べ始めたものは葉酸ティー、鉄分タブレット、お通じを良くする薬草のシロップ漬け、ノンカフェインティー……どれもこれも妊婦向けの品々ではないか。

 ニールは片頬をひきつらせつつ、和かに礼を言う。でもおば様は二つ目の爆弾を投下した。


「それで適性調整はいつするの?」


 適性調整は血液を抜き取って魔脈を調整し、適性を引き出すという代物だ。ニールが口を挟む。


「アレは根拠がないと医学的に証明されています。エセ魔術師が広めた非科学的民間療法ですよ。貧血を誘発し母体に胎児にも負担がかかる」


「抜き取った血液は、王立魔術院が分析し魔脈調整して母体に戻すのですよ。王家が公認している立派な手法だわ」


 おば様も負けていない。まずいわ、また話が長くなる。非公式王室ファンクラブのおば様は王家批判を目の敵にする。

 テーブルの下で彼の足をつつくが彼もまた医者として収まらない様子だった。


「あれは魔術院が自分達の仕事を無くさない為に行っているだけだ」

「それでも王家の器にどれほど相応しいか示す重要な検査よ? オベロン陛下も推奨していらっしゃるし、適性が出れば王族になれるのよ」

「子供が生まれるような事はしていないし、あんな危険なモンはしなくていい!」


 ニールの叫びに、おば様は目を丸くした。慌てて二人の間に入る。


「あの、おば様。……王家を敬愛されているのは重々承知していますけど、子どもが生まれたとしても適性調整で王族を引き寄せようとは思わないから、ごめんなさい」


 おば様は私の話題変換をあっさりと無視した。


「ドクター、本当に子供ができてない確信していらっしゃるということは……つまり男性としての機能がございませんの?」


 お、おば様なんてことを! 

 ニールですら唖然として目をしばたかせているし、おば様の従者もさらには部屋の隅に控えるセバスチャンやエマも動揺している。

 ニールは明らかに不快な表情を隠さず、冷たい視線でおば様を見下ろすと冷めた声で告げた。


「そういう個人的な質問にお答えすることは控えさせて頂きたい」


 おば様は私の方に向き直る。


「アナ、それなら良い聖人を紹介するわね」

「ええっ?」


 私は思わず目を丸くした。聖人は男性の聖女は女性に問題がある場合、パートナーの魔脈を同調させて世継ぎを産む機能だけを借りる事を意味する。

 いわば代理夫、代理妻だ。つまりおば様はニール以外と関係を持てと言っているわけで……。

 そもそも彼以外の人間に触れさるなんて絶対に嫌だ。


「待って、おば様。それはおせっかいよ。本当に必要があれば養子を取るから」

「何を言っているのアナスタシア。養子ではあなたの血が残らないから絶対ダメよ。大丈夫、すぐに終わる人を探してあげるから」


 私は眉をひそめて首を振った。


「お断りするわ。だって私はニールが好きなの」

「大丈夫よアナ。世継ぎを残すことは別件として考えれば良いの。やり方も色々あって、妖精ノ国に潜っている間に済ませる事もできるのよ。五感はかの国にあるから記憶にも残らないし、なんなら素晴らしい体験はあちらの世界でファンディング伯爵と楽しめばいいわ」


 何それ、無意識に済ませろって? 頬をひきつらせ、ぎこちなくほほえむと、隣でニールが拳でテーブルを叩いた。


「すまないが、アナスタシアはもう休ませまる」


 苛立ちを隠さない声色で宣言すると彼は呼び鈴を鳴らした。おば様はにこやかな笑みを崩さない。


「ドクター、まだお若いのだから可能性はゼロじゃないわ。今度は男性に効能がある薬草を持ってきますね」


 おば様がウインクするとニールは冷めた表情で言い放った。


「お気持ちだけで結構です。それに二度とお会いする事もないでしょう。アナスタシア、部屋で休もう」


 ニールは無表情で口早に告げると、私を抱き抱え立ち上がった。明らかに嫌われてるいるのも構わず、おば様は追撃を仕掛けてくる。


「アナスタシア、妖精ノ国なら理想的な夜を過ごせるわよ。方法も時間も自由自在……」


 おば様が言い切らないうちにニールは声を荒げた。


「失礼する!」


 ニールは広間から私を抱き抱えて飛び出すとドアを勢いよく閉めた。かなり頭に来ているらしく、肩で荒々しく息をしつつ階段を一歩一歩歩いて3階へ上がる。私の寝室の扉をそっと押し開き、寝台にそっと下ろすと、ニールはじっと何かに耐えるようにうつ向いている。


 沈黙を続ける彼にいたたまれなくなってしまう。


「ニール……」

「君のご親族に大人気ない対応をして申し訳ない。申し訳ないが私はあの人を好きにはなれん。頼むからあの人が面会に来たがってもしばらくは会わないで欲しい」


 額を抑えて怒りを鎮めようとしているニールに私は肯定の意味を込めてニールの首元に抱きついて、そっとその背中をさすった。


「いいのよニール。ちゃんと手紙を打って私からも伝えておくし、おば様が言ったことは絶対断るから」

「すまない」


 こんな時ですら反省を見せる夫を心から守りたいと心から思った。

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