第5話 素敵なお部屋

 壁紙は落ち着いた小花柄、絨毯じゅうたんも唐草と小花柄。家具は様々な文化様式だ。


「すごい! まるでインテリアの博覧会だわ」

「アナスタシア様が文化司書と伺いましたので、できる限り集められたようです」


 私の職能は文化司書だ。あらゆる文化を意味づけて分類、整理する仕事。大昔は書物だけが対象だったが今は人間が創造したもの全てが分類対象だ。


 だから様々な様式のインテリアが集結している事が分かるし、その配置も歴史にちなむと理解した。


「ありがとう。私が好きなデザインばかりよ」

「お気に召して頂けてようにございました。ぜひそのお言葉を旦那様にも仰ってくださいませ」


 部屋の奥へには壁面本棚があり、衝立の向こう一段高くなったジャポニズム様式のチェストが並んでいた。天板がイグサに加工され腰掛けたり寝そべったりすることができる畳風だ。寝台やソファー以外でゴロゴロ横になり本も読めるのは最高だ!


 顔がニヤけた私を微笑ましく見守っていたセバスチャンが次の扉を紹介する。


「こちらの扉はウォークインクローゼットです。事前にお預かりしたお召し物はこちらへ。それとこちらの扉は水回りでございます」


 彼が扉を開けると廊下は奥へ続いておりその途中に洗面台とガラス張りのバスルームがある。シャワーとタイルの床には円形の浅いバスタブが埋め込まれている。棚に救命セットがあるのはさすがお医者様って感じだ。バスルームから出て、小窓が続く廊下の奥の扉を指さす。


「あちらの奥の扉は?」

「旦那さまのお部屋でございます」


 つまり水回りを共有して私の部屋とニールの部屋は繋がっているらしい。なるほど……これならこっそり彼の部屋に忍び込むことも可能かも。よからぬ企み事を考えつつ、自室を通って階段のある廊下に戻る。廊下にはニールの寝室の奥にもう一つ扉があった。


「奥にもまだ部屋があるの?」

「あの奥は書庫ですが、全く整理できておりませんのでお見せするような場所ではございません」


 えー、見たいなぁ……それに整理したい。整理魔なのは文化司書の職能病だ。


「鍵をかけておりますから無理でございますよ」


 念を押すようにセバスチャンが言うので仕方なく2階へ降りる。テーブルゲームができる遊戯室、客間を見た後で執務室へ案内された。


「旦那さま失礼致します」


 中から返答があり部屋に入るとニールは事務机で書字板タブレットを確認しているところだった。


「少しそこに座って待ってくれないか? 急ぎ手紙を一通打たないとならない」


 ニールはワンレンズタイプの眼鏡をかけていた。顔の輪郭に沿った流線型のフォルム。虹色のグラスの向こうに青い瞳が見える。不意打ちの眼鏡姿もサマになる。あの眼鏡は魔道具の一種だ。私も仕事で使うけど……私と違いとても似合っている。


 セバスチャンが部屋にあったスツールを勧めてくれ、腰掛けるとニールは書字板を叩いて手紙を打ち始めた。改めて部屋を見渡すと壁には古今東西、新旧様々な言語で書かれた紙の本が並んでいる。


 彼が座るアンティーク調の事務机の横には流線型の輪郭が美しい長椅子カウチがあった。シルクのブランケットがくしゃっと置かれているあたり、そこで仮眠や休憩を取ったりするんだろうか?


長椅子カウチ魔法船ベッセルだよ」


 私の視線に気づいたニールが補足した。


魔法船ベッセル? 何のために?」

「妖精ノ国で調べ物をしたり、リラックスするのために使う。横たわるだけで妖精ノ国へ潜れるし、身体感度が違うんだ」


 妖精ノ国は10層で成る妖精女王が統治する異界だ。私も仕事で妖精たちの知恵に頼る一人だけれど……リラックス? 仮眠するためかしら?


「その船ってニールしか使えないの?」

「そうだよ。私の精神と同調するよう調律済みだ」


 ふーん……残念。それじゃあ履歴は探れないな。魔術具は悪用されないよう、魔術具師が調律する。つまりニール専用に調律された魔法船は、専門家が再調整リ・デザインしない限りニールにしか使えない。個人専用の一点物だ。


「それにしてもいろんな本を読むのね一神教、心理学、原始宗教、倫理、多神教…古今東西の原書がそろってる。化学、化学、哲学、統計学、力学、宇宙理論、文学……本が好きなの?」


 彼が眼鏡を外して私を見やった。


「翻訳機をかけずに読めるなんてすごいな」


 しまった。あまりにも関連のない並び方が気になって余計なことを指摘してしまった。不気味に思われるのが嫌で知られたくないことなのだ。


「いえ、別に……分類が私の仕事だから知っている本があったの。3階にも書庫があるわよね? 今度本を読みに行っても良い?」

「片付けていない部屋だ。埃っぽいし魔術書や禁書もある。入らない方が良い。さあ食堂へ行こう」


 魔術書に禁書ですって……とっても気になる言葉だ。読みたすぎてよだれが出そう。部屋を出て廊下に出て、階段に差し掛かったところで3階の方を見ると、ニールが肩をすくめた。


「『リスト3、新しい本ならいくらでも買う。だから書庫には近づかないこと』。頼むよ、アナ」


 ぐ……釘を刺されてしまった。

 

「なら、こちらも『リスト3、執務室の本を私に整理させること』構わないでしょ」

「もちろんだ。アナは片付けが好きなのか? それとも読書好き?」

「どちらもよ。分類と意味づけが私の職能。無秩序な本棚の本は生焼けのスコーンよりいただけないわ」

「なるほど。執務室もだし、応接室の本棚もアナの好きに変えてもらって構わないよ」

「あなたは本を動かされても困らないの?」

「今必要な本は自分の部屋にある。どうぞお先に」


 ニールが食堂の扉を開けてくれる。六人掛けのダイニングテーブルには、テーブルウェアがセットされていた。


 前菜は季節野菜のオードブルだ。

 野菜の甘さを引き出していて、添えられたハムも目を見開くほど柔らかく美味しかった。

 コーンスープは三つ星レストランなみに洗練されていたし、フィッシュパイはふっくらとした白身魚とサクサクのパイがハーモニーを奏でた。新鮮な野菜のサラダは大地の栄養が身体に染みるし、仔牛のシチューは口に入れた瞬間解けて肉の旨みが広がった。

 デザートがフルーツとクリームチーズを交互に重ねたトライフル。自然な甘さとチーズの酸味が絶妙。コースの締めくくりに相応しく、食後の紅茶にも合う一品だ。

 とまぁ脳内では美食家みたいに感想を言っていたのだけど、実際は黙々とため息をつきながら口に運んだ。

 どの料理も繊細で前衛的な盛り付けなので食べるのがもったいない。私の右手に座るニールは黙って見守っていたが、耐えられなくなった様子で私に尋ねた。

「ため息ばかりついていたが、気に入らなかったか?」


 おっと、料理に集中しすぎて夫の存在をうっかり忘れていた。


「違うわよ。とても美味しすぎて、食べるのがもったいなくて。そのくらい私の好みのドンピシャだったわ。どうやって私の好みを把握しているの?」 


 ニールはほっとした様子で目を細めた。


「白状すると妖精に頼った。彼らは私たちの生活を常に見ているから、君の好みを調べるのに役立つんだ」

「もしかして、執務室の魔法船ベッセルを使ったの?」

「そうだよ。勝手に調べてすまなかった、アナ」

 ニールが眉根を寄せて片手を「すまない」と上げる。いやいや好物を並べてくれる人を怒れないわよ……。

「良いのよ。もてなそうとしてくれたんんでしょ? お部屋もとっても気に入ったわ」


 にっこりと微笑むと彼の表情が和らいだ。良かった心の狭い令嬢と思われるのも嫌だ……そうだわ!

 ニールの事だって妖精に尋ねたら分かるかも! なぜ形式的な夫婦に拘るのかちょっと妖精に尋ねても罰は当たらないわよね? 

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