戦い征く者たち

 塚本つかもと家族と秋人あきとはアメリカ軍基地の近くにある体育館ほどの大きさで造られた核シェルターに来た。ここが避難場所として周辺地域に避難勧告がされたのだ。

 塚本の話によると、火星に知的生命体がいると判明し地球と火星が緊張状態になった一年前、核シェルターはすぐさま建てられた。ここは重要な拠点のひとつらしい。このような拠点は世界各地にあるが、日本ではここだけのようだ。

 鋼鉄の壁をくぐると大勢の人がいた。おそらく三百人はいるだろう。

 段ボールによって四畳ほどの仕切りがなされ、それぞれに布団が敷かれてある。秋人たちは空いている仕切りに入った。


「お兄ちゃん、大丈夫かな……」


 佳奈が言った。


「きっと大丈夫だ」


 塚本が応えた。

 それから会話はなくなった。

 秋人は立ち上がる。


「僕、別の場所で寝ますね。ひとり用の所に行ってきます」

「ああ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 塚本たちと別れ、ひとり用の仕切りに来た。布団に寝転がる。鋼鉄の天井が目に映る。

 家を出て一週間。波乱万丈な日々だ。刻々と終わりが近づいているのを感じる。

 先の光景がフラッシュバックした。青白い光線。撃墜された戦闘機。炎上する住宅。現実感がまるでなかった。

 秋人は腕で目を覆う。閉ざされた視界にはいつも過去が迫ってくる。本当の親の葬式。偽物の親の振り上げられる手。義兄弟たちからの罵詈雑言。

 夢見心地だ。

 戦争を目の当たりにして怖かったのも、虐待を受ける日々が地獄のようだったのも、すべて嘘みたい。主観ではなく客観で物事を見ているような……そんな感じ。もしかしたら何もかもがどうでもよくなったのかもしれない。悟りというよりは諦めだろう。

 ため息をついた。腕をだらんと下ろした。目を瞑る。意識はすぐに泥沼へ沈んだ。


 うるさい。意識が覚醒して、秋人は最初にそう思った。がやがやと人の声がする。人が活動している物音がする。

 秋人は体を起こしてぐっと伸びをした。視線を巡らせると、アメリカ軍や自衛隊の人が朝食を振る舞っていることがわかった。目を擦りながら秋人も貰うことにする。

 長蛇の列に並んだ。十分ほど待つことになった。眠気覚ましには丁度いい時間だ。

 秋人の番になった。自衛隊の人が快活に「おはようございます!」と挨拶した。秋人も「おはようございます」と返した。

 お盆の上には白ご飯と豚汁が置かれた。仕切りに戻って食べる。温かかった。

 食べ終わり、お盆を返した。

 外から賑やかな声が聞こえてきた。秋人は気になって足を運ぶ。開け放たれたシェルターのドアから外に出た。

 青空の下に人だかりができていた。何かイベントでもあるのだろうか。秋人は歩く。

 誰かが言った。


「なあ、いつなんだ?」

「もうすぐだ」

「楽しみだな」

「火星軍なんか滅ぼしてしまえ!」

「どうか、生きて帰って……」

「お、来たぞ!」

「かっけえー!」


 突然日差しが遮られ、影ができた。秋人は空を見上げる。


「えっ……」


 そこには漆黒の装甲が施された巨大な戦艦があった。それにプラスして駆逐艦のようなものも五隻が後続して飛んでいる。

 壮観だった。

 秋人は目を奪われて、塚本が来ていることに話しかけられるまで気づかなかった。


「すげえだろ。宇宙戦艦。このタイミングで世界各地から計十隻、火星への攻撃のために飛び立っているんだ。えーと、なんて名前だったかな。反重力ナンタラカンタラってのが搭載されて飛べてるらしいぞ。きっと今日が最終決戦だ」

「ええ、本当にすごい……」


 たくさんの人が戦い征く者たちを見送っている。

 希望を瞳に宿した青年。愁いを帯びながら新聞と交互に見やる白髪の老人。状況が理解できていない小さな娘とその手を握り祈る母。大きな歓声を送る少年たち。

 そのどれもが秋人の琴線に触れた。


「家に帰ろうかな……」

「えっ……?」


 塚本は驚いて秋人を見る。

 秋人は塚本に視線を向けた。


「家に帰ります。助けていただいて本当にありがとうございました」


 一礼して、未来に生きる人たちから背を向けた。最初で最後の親子喧嘩に向けて歩き出す。

 背後からすぐに制止の声が届いた。


「ま、待てよ! 子供には愛が必要なんだ。愛がなければ子供は歪んでしまう。だから、君を虐待してきた人たちには会わせられない。警察に行こう」


 秋人は振り返った。


「僕は、もう大丈夫です」


 秋人は笑った。それは、塚本が見た初めての笑顔だった。

 塚本は相好を崩す。


「……わかった。だが、俺もついていくぞ。一緒に行こう」

「えっ、でも……」

「でもはなしだ。俺が決めた。警察に行かないなら最低限、これくらいは聞いてくれ」

「いや、それでも――」


 今日で地球が滅んでしまうかもしれない。家族といないでいいのか。そう言いかけて、唾と一緒に飲み込んだ。塚本の表情を見たら野暮なことだと思った。

 きっと塚本だってわかっている。その上で提案してくれているのだ。


「わかりました。ありがとうございます」

「いいってことよ。それじゃ俺は沙苗と佳奈に連絡してくるからちょっと待ってろよ」

「はい」


 塚本は走っていった。秋人は顔を上げる。宇宙戦艦はぐんぐんと高度を上げていき、やがて雲を突き抜けるとその姿は見えなくなった。

 秋人は瞑目する。


 ――この世界に幸福が満ち足りますように。

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