第19話【青春の味】
再現料理。
外食先で食べた美味かった料理を何とか家でもと、一人暮らしを始めた人間なら誰しもが一度は試したことはあるであろう、無謀な所業。
俺も仕事に慣れ、ある程度落ち着いてきた時に経験があるが、あれは料理が一定レベルできてかつ詳しい人間だからこそ成功する技だ。間違っても俺みたいな、土日くらいしか料理をしてこなかった人間がやってはいけない。
「......うん。この味だわ」
「でしょ? 良かったー☆」
部屋着姿の沙優は安堵の表情でため息を漏らした。
俺の手の中にあるお椀の中の豚汁は、いつも沙優が作るものとは一味違う。
「本当にこれ、たった一回食べただけで再現できたのか?」
「この前、友達に連れてってもらってね。一人じゃなんか入りにくいからさ」
大きめに切られた具材に、肉眼ではっきりと確認できる、この表面を覆う豚の油。
一見入れ過ぎに思えるそれは、熱を逃がしにくくするための企業努力の
いや、この場合は味に評判のある、某有名牛丼チェーン店の豚汁を一発で再現できた沙優の才能を褒めるべきだな。
「お前、やっぱりいいお嫁さんになれるよ」
「えへへ。ありがと。実を言うとSNSの情報もちょっと頼っちゃいました」
「だとしてもすげぇよ」
にへらと笑った沙優は、自分の豚汁を
味もさることながら、数日ぶりに愛する人と共にする夕飯は一層美味しく感じる。
この数日間、わざと残業をして帰りを遅くしていたバカな自分を心の中でそっと恥じた。
「でも牛丼屋に一人で入れないようじゃ、完璧な一人前の大人にはまだほど遠いな。三島や神田先輩みたいに、堂々とおひとり様できるくらいじゃないと」
「歴戦の大人と大人二年生の私にはまだ荷が重いんですー。私だって、二人みたいにバリバリ働くようになればそのうち自然と入れるようになるよ。きっと」
沙優が今の三島や神田先輩のような年齢に――想像しようと試みるも、全く欠片もイメージすることができない。
その時までにはおそらく、俺と沙優は結婚しているだろう。もしかしたら子供だっているかもしれない。沙優が望めば――だが。
「で、吉田さん。思い出の味を久しぶりに口にした感想は?」
「いろいろ思い出したよ。学生時代のことをさ。部活帰りによく大勢で牛丼屋に行っては、仲間たちとバカみたいにくだらない会話で盛り上がってた。で、たまに盛り上がりすぎてはその度に店の人に怒られてたっけ」
「神田さんもいた?」
「そりゃマネージャーだからな。神田先輩、昔からあんなサバサバした感じで、男女問わず誰からも人気者だったんだよ」
思春期の男子に限らず、他人との距離が近くフレンドリーに接してくる女子には『もしかして、俺に気がある?』等と妄想を抱いてしまうのが男の悲しき習性。
俺もその例に見事当てはまり、無自覚にスキンシップをしてくる神田先輩にどれだけヤキモキしたことか。
「吉田さんにとってこの味は、青春時代の思い出の味なんだ。なんかいいね、そういうの」
「なんで沙優まで嬉しそうなんだよ」
「だってこれは、好きな人の一部を形作ってくれた、大切な味だから。恩人の恩人、みたいな感じ?」
「人じゃないけどな」
沙優の言わんとしていることがくすぐったく、鼻が鳴る。
「......沙優の作る味噌汁も、俺にとっては思い出の味だからな」
「お味噌汁だけ?」
「......全部だ」
「うん。知ってる」
慈しみの笑顔で見つめられ、胸のポカポカと温かい感情がさらに存在感を強く示す。
「見事本人から合格の言葉をもらえたことだし、吉田さんには約束どおり私のいうことを何でも聞いてもらうからね」
「ん? 何だそれ?」
「この期に及んでとぼけるなんて大人として失格だと思うなー。吉田さん言ったよね? もし吉田さんの思い出の味を再現できたら、私の言うことなんでも聞いてやるって」
沙優お手製のきゅうりの浅漬けを咀嚼しながら、俺は眉を寄せて必死に思い出そうと試みる。
そんな約束したような......していないような......記憶が曖昧ではっきりとは思い出せない。
でも沙優が俺のためにと学業や家事の合間に頑張ってくれたのだから、その想いに報いるのが筋というものだ。
「わりぃわりぃ。冗談だ。で、俺に一体何してもらいたいんだ」
「一緒にお風呂入ろ☆」
「そんなんでいいのかよ」
拍子抜けし、肩の力が抜ける。
「私が何を要求すると思ったの? いくら貧乏な大学生でもクリスマスとか誕生日でもないんだから、物なんて要求しないよ」
「クリスマスとか誕生日になったら要求するんだな」
「ふふ。楽しみにしてます」
これは今から冬のボーナスが怖い。
「吉田さん的にも、私とお風呂が入れるのはご褒美でしょ?」
「......まぁな。ていうか、自分で言ってて恥ずかしくないか?」
「......恥ずかしいね」
頬を赤らませ俯いた沙優は、豚汁のお椀で顔を隠すように豚汁を食す。
付き合い始めてもうじき半年にもなるが、時折沙優が見せる初々しい可愛さを目にしては、俺の心は本当に彼女を選んで良かったと強く頷く。
「痒いところはありませんかー?」
決して広いとは言えない浴室。
いま、バスタオル一枚の沙優に俺は背中を洗われている。
壁でも磨くかのように丁寧に隅々までゴシゴシとボディタオルで
「背中の真ん中あたりかな......ああ、そこそこ......」
「凄い垢出てるよ。普段からしっかり洗ってない証拠だね」
実況されながら沙優に自分の体から排出される老廃物を見られるのは、何度経験しても気恥ずかしい。お互いの裸を毎晩のように見る関係になっても、これだけは慣れそうになかった。
「背中って他の箇所と比べるとどうも手をかけにくくてな。沙優だってそうだろ」
「私は毎日しっかりお手入れしてるよ。誰かさんに汚いって思われたくないから」
「んなこと思わねぇよ。沙優はいつだって綺麗だ」
「もっと言って」
ねだられるがまま、沙優の好きな部分を思いつく限り言葉にしてやると、その度に胸を押し付けながら背中を擦る手を上下に動かす。最初はタオル越しだったものが簡単にはだけ、ボディタオルと一緒に、その現在進行形で成長している立派な胸が直接俺の背中を磨く手助けをしてくれる。あまりの気持ち良さに俺の下半身は、バッキバキの様相で
「こっち向いて。前も洗ってあげる」
「いや、いいよ」
「遠慮しないで。ほら早く」
体面するよう諭され体を向くと、真っ先に沙優は俺の下半身に巻かれたタオルを外し、分身へと手を伸ばすと優しく愛撫でる。
「吉田さんの吉田さん、今日も元気だね。お風呂だから興奮してるのかな?」
挨拶代わりの肉の棒への軽いキスを皮切りに、沙優は胸の間に既に準備の整った俺のモノを挟み、シゴき始めた。
いきり立った肉の棒を、左右から柔らかで豊かな膨らみがリズム良く攻め、先端にほんのり桜色の唇が吸い付く。
チュパチュパと艶めかしい音が浴室に響き、俺の脳内を瞬時に焼きつける。
「......完全に、俺がご褒美もらってる立場なんだが......」
「はも......こふぁふぁいこふぉはひひひふぁいふぉ」
口に含んだまま上目遣いで
浴室の熱を含んだ空気と下半身への刺激にやられ、頭がぼーっとしてきた。
情けない声を出さないよう必死に耐える俺を面白がるように、沙優は徐々にペースを上げていく。時にはゆっくりと、そして激しく――。
やがて俺の絶頂が近いことを悟ると、ほどよく肉付きの良い体全体を上下に揺らしてラストスパートをかける。
「んぅ!?」
一滴もこぼれるのを逃すまいと沙優は達する直前に深くくわえ込み、体液を口の中に受け入れる。
自分でもかなりの量が出たと自覚のあるそれを、何度も喉仏を動かし、味わうように飲み込む。
その姿に俺のモノは達したばかりだというのに、もう元気を取り戻していた。
「......はぁっ......はぁはぁ............いっぱい出ちゃったね」
口の端から粘り気を含んだ体液を垂らし、沙優は
「ねぇ吉田さん。私にもご褒美......ちょうだい」
尻を俺の方へと向け突き出し、四つん這いになった沙優は懇願する。
前戯で余程興奮したのだろう。男を受け入れるための入り口は体液が大洪水を起こし、
そのあまりにも妖艶なる誘いに、覚悟を決めていたはずの俺の胸には、またあの黒く歪んだ感情が湧き上がる。それも今までの比じゃなく早い。
皮一枚辛うじて残った理性で、握った拳の指で手のひらに痛みを与えて精一杯正気を保ちつつ、俺は口を開いた。
「......今日はもうこの辺にしよう」
「......え?」
沙優は驚きの表情で振り向いた。
「最近の吉田さん、なんか様子がおかしいよ?」
「んなことはねぇよ」
「ウソ。だって吉田さん、エッチの時に変に我慢してるような素振みせる時あるし。今だって吉田さんの吉田さん、まだまだ元気そうだよ」
「さわんな」
俺のモノに手を触れようとした沙優。
そこまでするつもりはなかったのに、払った手は思ったより強く沙優を拒否してしまった。
「......ごめん」
見る見るうちに沙優の表情が曇り、胸にズキンと大きな痛みが広がる。
「......すまない。仕事でちょっと疲れが溜まってるだけだ......先、上がるぞ」
自然と距離が近くなってしまう浴室。
このままだと取り返しのつかないことを犯してしまいそうで――沙優といることに息苦しさを感じてしまった俺は、シャワーで簡単に体を洗い流し、先に浴室から上がってしまった――。
次回第20話は12月15日(金)の午前6時01分に投稿予定です。
★・レビュー、いつでもお待ちしておりますm(_ _)m
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