4章第7話 思考の暴走

 今の状況で、サーキュはまともに駒をどう動かすか考えられない状態だ。最悪な場合死ぬこともあり得る。何しろ腹や足から血が出ているのだから。


 こうなってくると普通の人間でもこれは異常なことだと分かってくる。それだけじゃない。出来る限り貴重な駒を失わないように駒を動かすだろう。


 そこで、せっかくビショップでナイトを取れるというのにあえてそうせず、安全なマスにナイトを動かした。


「(どうすればいい。もはや1個でも駒を取られたらやばい。ホーンはギリギリ犠牲に出来ても取られ過ぎたら終わる)」


 私もこの状況では恐怖を与えるようなことはせず、少しずつホーンを動かしていった。


 普通のチェスならホーンをただ動かすだけは命取りだが、この場合の私の立場であれば話は別である。


 サーキュは駒を取られたくないあまり、出来る限り安全に私の駒を取ろうと努力している。しかしそんなものは冷静さを失えば無理な話。


 私は容赦なくサーキュのホーンをナイトでとる。


 今度は1回転だけだから少し痛むだけだが、サーキュの着ているタンクトップと短パンは血に染まっていく。


 ここまで行くと、今度は出血で死ぬ可能性も出てくる。それは現在進行のため、早期決着が必要。もちろん傷の手当てなどない。


 サーキュは震え始め、私に試合を棄権したいと言い出す。


「お願いしますレーモン様。もう酷いことしません! 試合を棄権します。人を殺しませんしストーム王子を敬い一生懸命に働きます! お金はいりません! やめさせてください!」


 当然この問いについての私の答えはNOだ。


「何を言っているんだい? あなたは最初に行ったじゃないか? サーキュ」


「なにを?」


「お金が手に入るならやってやるって。あなたはすでにお金のためなら死を選ぶ気だったじゃないか。なのに死が近づいたらお金はいらないから助けてくれなんて、都合がいい話じゃない」


「ううう……」


 私がそう言うと希望を失ったのだろう。サーキュが号泣する。もちろん同情なんてしない。


 これまでのサーキュの悪事を考えてこれくらいのことは当然だ。お金のために命を懸けると言ったのはサーキュの方。今さら泣いて命乞いをしても助けるわけがない。


 サーキュは泣き続けながらも駒を動かす。その動きはゆっくりだ。チェスのチャンピオンと聞いていたが、こんなんではその名が汚れる。


 本当にチェスのチャンピオンならこれくらいのチェスは乗り越えられるはず。駒を出来る限り失わず、締め付けられる恐怖を恐れずやりきる。


 これくらいの覚悟は必要だ。


 そんな状況で彼女が動かしたのは当然ホーン。おそらく強い駒を取られたくない一心だろう。


 しかしその考えは裏目。ホーンが移動したことで私のビショップがサーキュのビショップを取れるようになった。


 私は容赦なくサーキュのビショップを私のビショップで取る。


 この時のサーキュは動揺した。震えが止まらなかった。3点失って3回転滑車を回し、その分締め付けられる。


 正気ではいられない。ゆっくりと、うさ耳のメイドさん達は滑車を回しサーキュの体を締め付けていく。


「やめ! 助けて! 死ぬ! 死ぬのは嫌! いやああああああ!」


 ロープに触れて強引に引きちぎろうとするサーキュ。しかしそれは逆効果。自らの皮膚にこすりつけ、出血量を増やす。


 その激痛はたまったものではない。それが原因でサーキュはさらに苦しみ、3回転分締め付けた後、サーキュは吐血する。


 綺麗で可愛い顔は、すっかり汚く醜い顔に変わり、全身血だらけといっていい。


「たすけ……たすけ……」


「助かりたいなら駒を動かして私に勝つことさ。あなたの番だよ」


 13回転分ロープで体を締め付けられ、死にかけの状態。駒を動かす能力もない。しかし、助かりたいと願う意思があるのだろうか、サーキュはホーンを動かす。


 実はこの時、私はビショップでサーキュのビショップを取ったが、サーキュはそのビショップを自分のナイトで取れる状態。


 正常のサーキュはもちろん、普通の人でもこの時はナイトでビショップを取る。


 なぜなら今のその位置ならビショップを取ってもナイトが取られることがないからだ。


 しかしサーキュはそういった思考回路が壊れてしまったのだろう。もはやこの段階で私の勝ちは確定したようなものだ。


 あとはサーキュが苦しみ息絶えるだけ。


 とはいえ、ただ単に死なせても面白くない。だから出来る限り限界まで生かし、いいところでとどめを刺す。そんな感じにしようと思った。


 サーキュは駒を震えながら動かし、私が駒を動かすたびに恐怖している。私のターンがよほど恐ろしいのだろう。


 しかし、その恐怖は簡単には終わらせない。死の恐怖というのは、長ければ長いほど恐ろしい。一瞬の死よりも苦しみながら死ぬ方が恐ろしいのだ。


 だからどんなに発狂したって、今度は死を嘆願しても死なせない。


 そう思っていたら、今度は都合よくサーキュが私に死なせることを要求した。


「死なせて~死なせててえ~」


 とうとう頭がおかしくなったようだ。

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