第5話 - 2

 俺は立ち上がって、伸びをする。


「・・・ふう、今日はこんなところでいいだろ。おかげで満点が取れそうだよ」


「うん。追試頑張ってね」


 勝志が立ち上がった俺を見上げて返事をする。


 勝志はもっと報われていていい人間だと思う。


「そうだ。肩を揉んであげるよ。勝志も疲れただろう」


「えっ、え?」


 俺は座っている勝志の背後にまわる。勝志の両肩をガシッとつかむと、勝志の体がびくっと反応する。


「わっ、ちょっと」


「ほらほら、前を向いて。力を抜いて、リラックス」


 俺は勝志の肩をもみもみしてみるが、どうにも力が入ったままだ。どうにかならないかと、肩を手でべしべし叩いてみたりするが、俺の動きに過敏に反応するばかりで、逆効果のようだ。


 そういえば、昔からくすぐるのに弱いな、勝志って。


 試しにふーっと息を首筋に吹きかけると、勝志は「ひゃっ」と声を出す。


「おー、ずいぶん情けない声だな。くすぐるのに弱いのは以前か・・・」


 俺はしゃべるのを中断して二度見した。勝志が、勃起してる。


 ちなみに俺の立ち位置としては、椅子に座った状態の勝志の背後で、上から見下ろす形だ。だから股間は見えても顔は見えない。


 え、待ってホントに勃起してんの?服のしわの加減でそう見えてるだけとか?勝志のズボンは、前チャックが付いていて、生地もあまり伸びないタイプだ。その線は全然あると思う。


 俺は勝志の真意をくみ取ろうと、息を止めて観察する。その間も勝志は、ピクリとも動かない。


 部屋が静寂に包まれている。


「・・・俺が、抜いてやろっか?」


「っ・・・」


 勝志の動揺が、息づかいでわかる。


 これは、ガチなやつか。


 ・・・俺のせいで勃起しているってことは俺に欲情しているってことだから、俺が何をしても良いってことじゃないだろうか。


「触るよ。楽にしてやるから」


 俺が勝志にとってそういう対象であるというのは初めて知ったが、今までの好意の延長線上だと思えば案外違和感はない。そう考えれば、俺が勝志の欲情に付き合ってやるっていうことは、なんの問題もないように思える。


 このままでは手が届かないので、俺は前かがみに体勢を変えつつ、ついでに自分の唇を勝志の首元の肌が露出している部分に当ててみる。


「はぅっ」


 感じてくれたのだろうか。多分今のは喘ぎ声というやつだと思う。初めて聞いた。


 気持ちよく感じてくれたら嬉しいなと思う。


 抵抗がないので、右の手を這わせて脇腹から股間のほうへ近づける。その瞬間はすごい時間がゆっくりに感じた。部屋は静寂なのに、なぜか俺の心臓は早く鼓動し、熱を発しているようだった。


 だが、触れる直前で、ガタンと椅子を蹴って勝志が立ち上がった。


 ガスッと勝志の体に俺の頭部が軽く当たる。俺は立ち上がった勝志を見上げる。勝志はそれまで息を止めていたかのように、大きく息をしている。


 びっくりした。やけに自分の心臓がうるさい。


「急に、触んないで」


 勝志は背中を向けたまま言った。


 何事かと思ったけど、考えてみれば、急にこんなことをされたら思わず拒否反応が出てしまうのも当然だ。これが俺だったらどうだろう。自分の陰部というデリケートな部分を他人に触られるというのは、ひどく躊躇するのは容易に想像できる。


「すまん。もう少しゆっくりすべきだった」


「・・・」


 背を向けた勝志は、黙ったままだ。よく見たら、肩で息をしているほかに、小刻みに震えている。


「・・・じゃないのに、触んないでよ」


「え?」


 聞き取れなかったので聞き返す。


「す、好きじゃないのに、触んないでよ!」


 どうやら、立ち上がったのは驚いたからってだけではないらしい。


 ・・・それは、どういう意味だろう。


 勝志は、俺のことが好きじゃないのか。勝志にとって俺は「好き」ではなく、それなのに触られたのが不満だったのかもしれない。


 しかしながら、勝志の性欲がぴんぴんしているのとは別の話だ。


「なら、一回だけにしよう。今後俺はこういうことを絶対にしないから。今回だけ勝志のを手伝う」


「な、なんでそんなに、て、手伝いたいの?」


「それは、勝志が・・・気持ちよさそうだったから。俺のことが好きじゃなくても、一回だけなら気持ちよくなってもいいんじゃないか・・・って思ったんだが」


 ああ、そうだ。勝志があんな風に性欲を露わにしたのは初めて見たのだ。今までは、むしろ・・・失礼な話だが、性欲とかないんじゃないかと思っていた。なんか雰囲気が、そういう感じじゃん?でも実際には勃起したし、喘ぎ声も聞けた。そして俺としては、勝志が日頃から自分の性欲を上手くこなしているのかどうか、わからない。


 もし勝志が自分の性欲に困っているなら助けてやりたい。そうでなくても、単純に勝志が気持ちよくなってくれたら嬉しい。俺は普段一人でするときは寂しい思いをするが、勝志もそうかもしれない。


 勝志の助けになりたい。


 俺はそう思っていたが、勝志の発した言葉は、予想外の言葉だった。

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