第5話 - 1

「あー、まじか」


 俺の手元には、返却されたテストの解答用紙があって、そこに55点という数字が大きく書かれている。


 60点以下だったら赤点で追試がある。


 ちょっと油断し過ぎた。俺はもともとガチで点を取りに行くほうじゃない。追試にならなければ良いだろうと思っている。だが今回は塩梅を見誤ったようだ。


「追試、めんどいな・・・」


 俺の認識はその程度だった。


「えっ!」


 勝志に点数を聞かれたので、答えるとこの驚きぶりだ。相変わらず表情豊かだと思う。


「いやそんなに驚かなくても、別に追試があるだけだし」


「あ、そっか」


 聞けば、勝志は98点だそうだ。地理の先生は意地悪なので特に高得点が取りにくいはずだが、よくわからない才能を発揮している。しかも、「地理は覚えやすいから大丈夫でしょあははっ」って言って俺と一緒に遊んだりしているのにこれだ。


 そのあと放課後に、勝志に声を掛けられる。


「ねえねえ、僕勉強手伝うよ」


「いや、別にいらないけど」


「だって、1週間前に遊びに誘ったの絶対影響あるじゃん」


 そう、勝志とパフェに行ったのは、このテストの一週間前だ。


「責任感じてるってこと?そういうのいいから。そんな時間あるんだったら、サックスの練習したらいいと思うし」


 これは本当だ。「手伝う」って言ってもなにをするのか知らないが、俺に時間を使った分だけ勝志の時間が減る。


「うっ。じゃあ、セキニンとか関係なしで」


「俺なんかに時間使わなくていいってば。勝志は自分のことをしたらいい」


 そう言って俺は先に教室を出る。こんだけめんどくさい事言っておけばさすがに食い下がらないだろう。


 ・・・その時はそう思っていたのだが、翌日の昼休みに奴は俺の前に現れ、聞きもしていないのに地理の解説を始める。


「ここはね、すごい覚え易い覚え方があるんだよ」




 それから追試の日までに、何度も勝志との勉強会を(半ば強制的に)やらされた。


 以外にも、勝志の説明は分かり易くて面白い。自分で復習するときに、「あ、これ勝志が言ってたやつだ」ってなって思い出しやすい。才能があると思う。


 そして追試前日。


「おうちで勉強しようよ」


 勝志が提案したので、俺の部屋で最後のお勉強会をすることになった。俺としては、今までの勉強で理解できてるし同じ範囲の追試だからそんなに頑張らなくても絶対大丈夫なのだが、断ってもどうせ押し切られるので勝志を自分の部屋に招き入れることにしたのだった。


 勝志が自分の鞄の中から紙を取り出しながら言う。


「はい、まとめて来たから見てね」


「おう。・・・てこれ勝志が作ったん?」


 勝志が俺に手渡したのは、テストで一番大事なところを簡単にまとめたものがノート1ページに書き込まれたものだった。


「うん」


「おー・・・。こんなにやってくれなくてもよかったのに」


「へへ、大丈夫だよ」


 勉強は順調に進み、一通り復習したら、いつの間にか1時間くらいたっていた。その間ももちろん、勝志は俺の隣にいた。


 1時間も、勝志の時間を使わせてしまった。勝志はいろんな才能に恵まれているので、やっぱり俺なんかに時間を使ってほしくないっていう気持ちがある。テストの点然り、楽器の演奏―――サックスについても然り、それ以外のことに関しても、勝志は新しいことをどんどん吸収できる才能がある。頭の出来が違うってやつだろう。


 そんな勝志には、時間を有効に使ってほしいのだ。


「なあ、勝志はさ、俺の勉強に付き合ってくれてるけど、その時間をもっと有効に使えたかもしれないって考えたことある?」


「え?・・・うん。だってほら、僕いま他の勉強してるでしょ。それに加えて修一くんの追試の手伝いできたら、一石二鳥じゃん」


 見ると、勝志もテーブルの上にノートとか出して、なにやら書き込んでいた。


「あー、そうなんだ。・・・でも俺は本当に大丈夫だからな?もう過ぎたことだからあれだけど、もし俺に勉強を教えなかったら、勝志は他のことに時間を使えたわけで。その勝志が今やっているやつも家で静かにできたかもしれないだろ?」


「え・・・だ、だって、」


 気付けば、勝志の耳がみるみる赤くなっている。


「そ、そんなの、修一くんと一緒にいたいから決まってるじゃん」


 言い終わると勝志は、恥ずかしそうに顔をふいと俯かせて目をそらす。

 

 あ、それで耳赤くしてたのか。めっちゃ恥ずかしいこと言わせてしまって申し訳ない気分だ。


 それに、手伝ってもらっている立場なのにすごい失礼なことを言った気がする。


「悪かった。勉強手伝ってくれてありがとな」


「ううん。大丈夫」


 勝志がそう言ってはにかむ。


 こんな笑顔を見せられたら、罪悪感がなおさら高まってくる。勝志は純粋な気持ちで勉強を教えてくれたのだ。それが勝志のやりたいことだったのだから、俺が口を出すのもおかしいというものだろう。

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