第4話 - 1

「俺は怒られない程度に手を抜く。そのほうが楽だから」


 これは修一くんの言った言葉だ。


 この部分だけで完結しているわけではなく、その前に「他の人はちゃんとしなさいって言うが、それは他人の意見であって、自分の意見は全然別でいい」というような感じの話があって、その続きである。


 僕はその頃、お母さんとかが言っている事が正しいと思っていて、「良いこと」をしなくちゃって思っていた節があるので、修一くんの言葉は、僕にとってとても大きかった。僕は、知らず知らずのうちに大きな我慢をしていたらしかったのだ。


 で、自分の本当にやりたいことって何だろうって思うと、結局のところ勉強だったりした。数学とかは嫌いだったから限界まで手を抜いたけど、国語は好きだ。自分のやりたいことをやっていると思うと、不思議と充実した気分になって、なんだか、「頑張る」ってことがこんなにも自由だったんだって感じた。


 それまで知っていた「頑張る」は、「先生に言われたとおりに努力して、成績を上げる」だったから。


 こうして僕は、いろいろなことに真面目に取り組むようになった。自分のために努力して自分のために勉強もする。


 そんな僕を修一くんは応援してくれる。いや、はっきりと応援の言葉をもらっているわけじゃないんだけど、なんとなくわかるのだ。好きなことに一生懸命な僕と、嫌いなことを何とか避けようとする僕と、いろいろな僕を全部ひっくるめて、修一くんは優しく見守ってくれるし、時には力を貸してくれる。


 見た目はちょっと不愛想だけど、とっても優しい人なのだ。


 そんな修一くんに僕は恋をした。むしろこんなの恋をしない方がおかしくない?と思うんだけど・・・。僕と修一くんは男同士だ。逆に恋をする方がおかしい!って言う人もいるだろう。


 きっと修一くんもそういうタイプだ。だから僕の恋は永遠の秘密だ。この気持ちは決して明かさない。


 いつか忘れる時が来るまで、僕は何年も、緩やかに恋をし続けるだろう。



 そんな恋の相手は今、僕をじっと見つめている。


 僕はそれに気づかないふりをして、自分の演奏に集中する。僕の両隣にも、それぞれの楽器を持った部の仲間が、同じ音を追いかけている。


 いや、もう慣れた。なにせこれは今日に始まったことではなく、毎日のようにこういう感じの、「僕を見つめるタイム」がある。それは練習のときとは限らなくて、最初は自信過剰化と思っていたら、どうやら本当に僕のことを目で追っているらしかった。


 僕は、目を合わせなければ大丈夫だということを発見し、決して目を合わせないという対処法を手に入れた。もちろん、目が合ってしまったら僕の心はドキドキで練習どころではなくなる。


 今やっているのは基礎練習と言って、音をきれいに出す練習だ。僕のサックスみたに吹くタイプの楽器はちょっとのことで音が揺れてしまうので、ピアノでリードしてもらいながらそれに合わせて吹く、みたいなことをするのだが、今はこのピアノの演奏を修一くんが担当しているのだ。それで修一くんは目線がフリーな状態になっているのだが、その目線はなぜか僕のことをガン見している。


 なぜ僕のことを見つめてくるかは全然わからい。僕は見つめられて嬉しいのだが、修一くんの方は僕のことが好きって訳じゃないだろうし、なにも良いことは無いと思うんだけど・・・。

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