第3話 発展、そして変事

西暦2026(令和8)年/大暦2026年2月11日 ベルジア王国 首都ティヘリア


 日本国が未知なる世界に転移して半年が経ち、彼の国と最初に接触したベルジア王国は見違える程の変貌を遂げていた。


 日本からもたらされた技術と、元々マーレに対して投資していたレムリア連邦の支援により、北東の港町サルバの郊外には近代的な港湾施設が建設され、道路も従来の石畳敷きや未舗装状態のそれからアスファルト敷きに変化。物流に大きな恩恵をもたらしていた。


「しかし、今になってレムリアがここまで技術供与を施してくれるとはな…」


 ベルジア王国首都ティヘリアの宰相官邸にて、宰相のシャルドクはそう呟く。現国王のバース7世が即位する事20年、そのうち10年の期間仕える彼は、東方世界の中では技術水準の面で立ち遅れているベルジアをより発展させるべく、西方の大国レムリア連邦に対して外交的接触を行い、彼らから進んだ技術の導入を試みていた。


 だが彼の国は当時、何故かマーレ王国にばかり注力しており、農作物しか取り柄の無いベルジアは全く相手にされなかったのである。無論、シャルドクはその理由を知らなかった。だが異世界からの来訪者だという日本と国交を結び、彼の国から多くの知識や技術が入ってくると、多くの国民は理解し始めたのである。


 西方の大国レムリア連邦は、基本的に魔法を使わない文明として知られている。そして魔法具の稼働に魔力と、それが含まれる鉱物『魔石』が必要な様に、レムリアの技術で作られた機械には、魔力とは全く異なるエネルギーが必要な事を、多くの者は理解できなかった。最新の技術の流出を防ぐためにレムリアが厳しい情報統制を行ってきていたからである。


 そしてそのエネルギーを得る物質として、マーレで多く産出される『燃える黒い水』や『燃える石』が専ら使われる事、レムリア本土ではそれを燃料とする機械によって自前で多数の食料を確保できる事を知り、ベルジアが列強国の中ではどれだけ価値が低いのかを思い知らされる事となったのである。


 だが、今は違う。現在ベルジアの商会はレムリア製の商船をチャーターし、自国の農作物や畜産物を日本へ輸出。その見返りとして国内社会インフラの整備を支援してもらっている。お陰でこの国は安定して明かりと綺麗な水を得られる様になり、市井の生活水準は非常に向上していた。


「とはいえ、まだ課題は多い。ローディアは近年、戦力を増強しつつある。諜報部隊は新規の師団を編制し、国境へと展開を進めている…前々から支援をしていると噂の『皇国』から支援を受けているとはいえ、非常に拙い」


 日本国は基本的に他国の政治に対して干渉しない事を明言している。それはこの世界で最も大きな報道社である『ロイテル逓信社』を介した声明で公言されているが、今の日本における最大の顧客たるベルジアとマーレには何も支援していないという訳ではなく、台湾や樺太の地下に設けたモスボール施設より引っ張り出した装備を供与し、訓練を施していた。


 だがシャルドクの表情は冴えない。彼はただ、不安の満ちた表情を窓の外に向け、遥か西の彼方を見つめるのだった。


・・・


同日深夜 ローディア帝国帝都ロスディア ロスディア城会議室


 晩冬の若干冷え込んだ空気、満天の星々に包まれたその夜。ローディア帝国の帝都、ロスディアは、非常に静かであった。


 三重の城壁で囲まれた要塞都市の中心にある、ロスディア城の一角にある会議室には、多数の人影が集まっていた。


 会議室というより、謁見室といった方が似合う部屋は天井が高く、それを支える柱には装飾が施されて、荘厳そうごんな雰囲気を醸かもし出している。ただでさえ部屋が大きいのに、明かりが松明たいまつ程度の光量しかないので、部屋全体が薄暗かった。


「陛下、準備は全て整いました」


 その部屋の中、立派な椅子に腰かける壮年の男性に、それより若い、銀色の鎧を着用した中年の男が、ひざまずいて話しかける。彼の名はガーディン。10年前より皇帝以下ローディア皇族に仕える帝国軍の総司令官である。


「ガーディンよ、此度の戦争、ベルジアとマーレの両国を、同時に敵に回して勝てるのか?これまでの戦略計画でも、一度に2国を相手にするのだけは避けるようにしていたはずだが?」


 椅子に座った、威厳のある壮年の男性…現ローディア帝国皇帝、ロスディア5世がガーディンに質問する。ロスディア5世は今から40年前に即位した、200年続くローディア帝国の5代目皇帝であり、内外からは『国是が関わらない限りは名君』とまで呼ばれていた。


「ご安心を、陛下。此度は新たな軍団を編制し、戦力を増強しております。必ずや、必勝出来るでしょう」


「うむ、そうか」


 皇帝は小さく頷いた。顔は冷静だが、心の中は歓喜があふれている。なにせ自分達の大願にして、先々代からの願いである、『亜人を殲滅せんめつし、ローディウス大陸をヒト種の手で統一する』ことが、ようやく果たされようとしているのだから。


「ついにローディウスが統一され、忌々いまいましい亜人どもが悉く根絶だやしにされる日が来るのだな…余は嬉しいぞ」


「皇帝、統一の暁には、我らと交わしたあの約束もお忘れなく。クックックッ…」


 すると真っ黒のローブを着た男が、皇帝に向かってささやく。


「フン、分かっておる…!」


 男に対して皇帝は、怒気をはらんだ声で言い返す。ガーディンもローブの男を睨み、彼はそそくさと引き下がる。


(チッ…辺境の国だと見下して莫迦ばかにしおって。ここを統一したら、イスディアにも攻め込んでやるわ)


 心の中で毒吐どくづいたところで、皇帝はガーディンに向き直る。


「ガーディン、今回の作戦の概要を説明せよ」


「はっ…ご説明いたします。まず、今回の作戦で動員する兵力についてですが、陸軍は東部方面に展開する7個軍団、総数42万人全てを動員します。残る4個軍団は本土に残し、予備兵力とします。先ずは国境から約10キロメートルの位置にある都市タブルズを、物量を以て制圧します」


 ガーディンの説明する口調は、いつもより少しだけ早い。それは新しい戦争に対する興奮の表れか。


「なお、侵攻中の兵站についてですが、彼の国は豊かな穀倉地帯だけが取り柄の国であり、農奴ですら毎日旨い飯が食える程です。ですので、食料については現地調達略奪といたします。タブルズ制圧後、東に向けて進軍し、タブルズより30キロメートルの位置にある要塞都市アシガバードを制圧します。あそこは彼らにとって西の守りの要所であるため要塞化されていますが、我が軍の物量と飛竜騎士団があれば、およそ3週間で落とせると思います。その後、さらに進軍し、タブルズから距離300キロメートルにある首都ティヘリアを、物量を以て一気に制圧します。ここまでに2か月もかからないでしょう」


 ここまで一気に説明したガーディンは、少し息をついて、続けた。


「また、これと同時に南北より2個艦隊が展開し、それぞれサルバとマレ・ゲルトを占領。海上封鎖を実施します。これによってマーレは干上がるでしょう。現場にあっては、陸軍の総指揮はバルド将軍が、海軍の総指揮はサラク提督が取ります。説明は以上です」


 そうして説明が終わり、ロスディア5世はもう一つの懸念材料について尋ねる。


「うむ…例のニホンなる国の対策はどうかね?」


「はっ…彼の国は基本的に、他国へ武力で干渉する事を望んでおりません。あの様な日和った国など後回しにしてもよろしいでしょう。いざとなれば『皇国』に支援を求めればよいわけですので…」


 実際交渉の際に、外交官は他国に対して政治干渉はしないと公言しており、ローディアは日本を取るに足らない国だと見なしていた。よって今になって戦争の好機だと捉えたのである。


「ふっふっふっ…此度は良い日だ。余の名に於いて、ベルジア・マーレ両国に対する侵略戦争を許可する!」


『我らがローディアに栄光あれ!』


 ロスディア5世の声に合わせて、一同は腰から剣を抜き、天高く突き上げる。そして会議室には皇帝の高笑いが響き渡った。


・・・


2月12日 日本国東京都 内閣総理大臣官邸『クリスタル・パレス』


「ローディア帝国が、軍事行動の兆候を露骨に見せてきたと?」


 首相官邸の首相執務室にて、ジューコフ首相は国家保安省直属の諜報機関『情報保安局』に務める渥美あつみに尋ねる。日本版連邦保安庁とも呼ばれ、一般的には英語表記の略語から『JNISジェニス』の呼び名がされるこの機関は、転移後最も忙しい部署の一つであり、ローディウスにおける情勢を注視していた。


「恐らく我が国の対外不干渉宣言を利用して、ベルジアとマーレを侵略する腹積もりでしょう。こうして相手が不意を突く形で侵略戦争を開始しようとしている以上、十分な段取りを整えた上で宣言の一時撤回を挟み、軍を派遣すべきだと私は考えます」


 行動の建前に拘るのは戦前からの為政者の癖ではあるが、本音を明け透けに晒して立場を不利にする事のデメリットは、個人間の友好的なやり取りとは比較にならない程の大きさである。実際にやり取りを行った当事者以外にも、何十何百万もの国民が被害の巻き添えになるからだ。そのデメリットを回避するために、しっかりとした大義を得た上で行動を実行する事が、戦後の日本の政治家に求められるスキルの一つであった。


「直ぐには軍事的な行動には出れません。ですが両国の政府には、援軍要請をする様に促しておきましょう。我が国には大義を得る機会が必要ですから」


「分かりました。外務省には暗号通信を用いて現地へ通知する様に指示しておきます」


 渥美はそう言って退室し、ジューコフはこの世界でも理想通りの平和を得る事は難しい事に頭を悩ませるのだった。

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