第4話 勃発、ローディウス戦争

西暦2026(令和8)年/大暦2026年2月14日 ベルジア王国西部国境地帯


 夜明けとともに、それは始まった。


「全軍、前進せよ!」


 帝国陸軍を指揮するバルド将軍の命令一過、大地を埋め尽くすかの様に広がる大軍団は、『リントブルム』と呼ばれる生物の集団を先頭に立て、ラッパを鳴らしながら前へ進んでいく。中でも一際目立って見えたのが、リントブルムや馬車ではなく、内燃機関で駆動する自動車を移動手段とする軍団であった。


 最前線まである程度前進した後、砲兵はトラクターによって牽引されていたカノン砲を展開。タブルズの街に向けて砲撃を開始する。上空にはすでに100騎以上のワイバーンが展開し、街や集落に向けて火炎を放っていた。


「蹂躙せよ!偉大なる帝国の名の下に、汚らわしい亜人共を全て滅するのだ!」


 軍団長の命令に応じ、1万以上に及ぶ歩兵の集団は前進を続ける。簡易な城壁や防柵は既に破壊され、兵士達は突破するや否や、その手に持つ小銃で以て市民や傭兵を無差別に撃ち殺していく。これを『地獄』以外の言葉で如何様に表せるというのか。


「これはもはや戦いではない、虐殺だ…!」


 守備隊に属する兵士の一人は、そう呻く。タブルズには2000名の歩兵と500騎の騎兵、20騎の騎兵が配置され、民兵としてギルドに属する傭兵200名程度が参戦していたが、1個師団だけでも2万の将兵を有する帝国軍が、一つの街に対して3個師団で構成される軍団で攻め込んできたのである。多勢に無勢とはこのことだろう。


 斯くして、僅か半日で帝国軍は5000平方キロメートルもの領土を占領し、2万近くの住民を虐殺したのである。この出来事は『バレンタインの虐殺』として、ベルジアの歴史書に記される事となる。


・・・


2月16日 首都ティヘリア 王宮


「やはり、攻め込んできたか…」


 王宮の会議室にて、国王バース7世は呟く。大暦以前より続くベルジア王家18代目の王にして、在位20年目を数えるハーフエルフの青年は、不老長命の代名詞たるエルフとしては若い。だが政治経験は豊富であり、ローディアからの嫌がらせにも近い要求に対して上手く対応してきた。


 だが、今回ばかりは柔軟な対応だけでは解決できそうにない。王国軍の兵力は陸海空合わせて10万人程であり、陸軍だけでも5倍近くの開きがある帝国軍に対抗するには余りにも貧弱過ぎた。まさに今この国は滅びの危機に瀕しているのである。


「外交局長官、ニホン国政府に対する援軍要請はどうなっている?」


「はっ…ニホン政府は『貴国からの援軍要請が確認され次第、直ちに軍を派遣する』と通知してきております。マーレもすでにニホン国政府に対して援軍要請を出しており、行動を開始しているとの事です」


 外交局長官からの報告を聞き、国王は頷く。そしてシャルドクに向けて命じる。


「シャルドク、直ちにニホン国に対して援軍要請を出せ。彼の国の軍には出来る限りの支援も行う様に」


・・・


日本国東京都 内閣総理大臣官邸


「では、これより説明を始めます」


 官邸地下の会議室にて、小鳥遊はジューコフ首相ら政府閣僚を前に説明を始める。


「まず、今回の平和維持作戦において投入する戦力です。地上軍は帝国軍の地上戦力の規模を勘案して6個師団…4個歩兵師団に2個戦車師団を投じます。さらに参謀本部直轄部隊としては空挺団第1・第2旅団を投入し、確実に勝利を収めます。無論、都市部の奪還といった華を飾る事の出来る作戦はベルジアに譲りますが」


 冷戦が終結した後も、防衛軍地上軍は北海道や樺太、そして北九州に台湾の守備を万全なものとするべく、16個歩兵師団と2個歩兵旅団、6個戦車師団に参謀本部直轄の特殊部隊を日本列島の各地に配置している。特に樺太の第14歩兵師団と台湾の2個歩兵師団は、増援の到着までゲリラ戦等で抵抗するべく、各兵科を連隊ないし大隊ごとに分けるのではなく、一つの連隊に複数の兵科をまとめた諸兵科混成部隊『即応機動連隊』をメインに構成されている。よって輸送機やカーフェリー等によるピストン輸送でも直ぐに現地で実戦配備状態に移行できると考えられていた。


「無論、砲兵部隊も送ります。指名するのは東部軍管区の第1砲兵師団に、西部軍管区の第3砲兵師団です。こちらは空中輸送可能な牽引式榴弾砲を配備している上に、ペレットショット弾頭を運用可能な多連装ロケット砲も有しています。大軍相手に対抗するには十分すぎる火力でしょう」


 戦闘は歩兵や戦車の激突のみではない。地上軍は砲兵においてもソ連に範を取り、軍管区司令部直轄部隊として5個砲兵師団を有していた。種類も射程距離や任務に応じて多彩であり、師団への直接支援を担う牽引式榴弾砲や、敵の増援を寄せ付けぬために一方的に叩く戦術弾道ミサイル、沿岸部に近付こうとする敵艦隊を対処する地対艦ミサイルを有していた。中でも強力かつ運用の柔軟性が高いとして知られるのが、クラスター弾の代わりとして配備が開始されたペレットショット弾頭や、GPSを用いて誘導する対地ミサイルを運用可能な多連装ロケット砲であり、軍団規模でベルジアに足を踏み入れた敵軍に対して有効的だと参謀本部は見なしていた。


「続いて海軍は、2個艦隊を派遣します。規模も戦艦2隻に空母2隻を含むものとし、敵艦隊を完封する予定です。海軍歩兵につきましては、陸上戦の趨勢を見極めた上で然るべき戦場に投入したいと考えます」


 島国たる日本国は、太平洋戦争後すぐに海軍を『海上警備隊』の名称で再建し、領海防衛と機雷掃海に勤めていた。そして冷戦を経て戦力を増強させ、今では戦艦2隻に空母4隻、巡洋艦8隻、駆逐艦40隻、フリゲート艦24隻、潜水艦30隻を有する東アジア最大の海軍として復活を遂げていた。ソ連崩壊後に多くの艦艇が鉄屑と化し、沿岸部を守るのが精一杯となったロシア海軍太平洋艦隊とは雲泥の差である。


「そして空軍は、第2航空師団と第3航空師団を派遣します。こちらは戦闘機のみならず、陸軍支援を担う攻撃機や、戦略爆撃も可能な戦闘爆撃機が配備されております。防空のみならず反撃に必要な攻撃も担ってくれる事でしょう」


 太平洋戦争後に新たに作られた憲法との兼ね合いもあり、旧陸海軍航空隊の後継者ではなくソ連空軍をベースとした新しい軍として結成された防衛軍航空軍は、領空防衛を主任務とした防空軍の側面が色濃い。とはいえユーラシア大陸の国々との距離が近い北海道や九州に於いては、海を超えて攻め込んでくる敵に対応するべく、スホイ社製の戦闘爆撃機が戦略爆撃機の立ち位置に置かれる形で配備されていた。国土奪還戦争以降はカウンターアタックを主軸とした積極的防衛にシフトした事で増強が成され、樺太や台湾にも配備が進められていた。


「ふむ…これだけの規模、弾薬と燃料は莫迦にならないでしょうが、かといって放置していればそれよりも多くを失います。必勝のためならばやむを得ないでしょう。して、どの様に戦うのですか?」


「はっ…先ず第1空挺旅団をベルジア西部の要塞都市アシガバード近郊へ空挺降下させ、タブルズを橋頭保に固めつつ攻めてくるであろう帝国軍の出鼻を挫きます。マーレ西部の要塞都市ラズロにも第2空挺旅団を降下させ、同様の対応を実施。そうして侵攻を停滞させ、主力到着と戦線構築までの時間を稼ぎます。ベルジア首都ティヘリアとマーレ首都ダイバーには空港が整備されており、現地の幹線道路を用いれば即応機動連隊を直ちに展開させる事が出来ましょう」


 国交締結後、外交官や使者の迅速な移動の必要性から、政府は限られた生産リソースを用いて、ティヘリアとダイバーの近郊にある飛行場を拡大・整備していた。後者はレムリア連邦の資本である程度整備されていた事もあり、戦術輸送機でも離着陸可能となっていたが、流石に旅客機を運用するには厳しかったからである。


 そしてそれは、ベルジア・マーレ両国に対する『警告』の意味合いも兼ねていた。もし日本との友好関係を反故にする様な愚行を犯せば、『空の神兵』の末裔が裁きに来るのだぞ、と。


「後はローディア帝国に対して声明を発表し、公的に行動を起こせる状態にするのみです。政治面での戦いは総理にお任せ致します」


「分かりました。軍は自分達の出来る事に専念して下さい。次は私達の番です」


 この10分後、ジューコフは国内外に対してローディア帝国の侵攻を批難するとともに、ベルジア・マーレ両国からの救援要請に応じる形で軍を派遣する事を発表。この翌日には、1個空挺大隊を載せた輸送機がローディウス大陸に向けて飛び立ったのである。


・・・


神奈川県横須賀市 防衛軍海軍横須賀基地


 三浦半島東部の入り組んだ湾内に位置する横須賀市。戦前より日本有数の軍港として栄えたこの街は、冷戦期の大規模軍拡に合わせて機能を拡張させ、地上軍第1砲兵師団や航空軍第1航空師団、そして千葉県館山市に設けられた館山基地とともに、東京湾と太平洋を結ぶ浦賀水道の防備を担っていた。


 その港湾内には、海軍の主力たる第1艦隊と第1打撃師団、そして第11警備艦連隊に属する艦艇がいる。西側諸国の運用思想を取り入れた新型艦であるみかさ型ミサイル巡洋艦や、同様の設計が導入されたかげろう型ミサイル駆逐艦が錨を降ろす中、その中でも一際目立つ大型艦、戦艦「いわみ」の会議室に十数人の将官が集っていた。


「諸君、久方ぶりの実戦である。政府はローディア帝国の悪辣非道な侵略と現地での虐殺行為に対し、基本非干渉を撤回して平和維持部隊の派遣という名で我らを派兵する事を決定した」


 古風な言い回しで政府の決断を部下に伝えるのは、海軍第1艦隊司令官のアンドレイ・近藤こんどう中将である。金髪碧眼とヨーロッパ系の血が色濃いロシア系日本人である彼は7年前の対馬戦争において、駆逐艦「あまぎり」艦長として高麗共和国海軍の駆逐艦部隊と死闘を演じ、『碧眼の倭寇』の異称で呼ばれていた。


「すでにポルト・ワイトからは戦列艦と飛竜母艦を主力とした200隻規模の大艦隊が出航し、南部の港湾都市ポルト・ブルクからも同規模の艦隊が出航している。目的はサルバ及びマレ・ベルケの占領と海域封鎖であろう。我らはこれを阻止し、敷いては我が国の領海侵犯をも阻止しなければならぬ」


 日本国内に備蓄されている石油と、マーレ王国より輸入されている石油の多くは、国内の製油所にて重油や軽油、そしてガソリンに精製されて、火力発電所と漁業組合に優先供給されている。前者は電気の安定した確保が目的であり、後者は漁船をフル稼働させるためであった。


 新たな漁場にて魚介類の確保に文字通り奔走している漁船が、残虐非道なローディアの戦列艦に追い掛け回され、撃沈される様な事は是が非でも阻止せねばならない。海軍の責任は重大であった。


「各艦は直ちに出航準備を整え、翌日の0930に出航。大海の覇者は如何なるものなのかを、悪辣非道なる敵に教えるのだ」


 近藤の言葉に、一同は揃って頷いて見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る