第3話 親友の訪問

 何が起こってるの?三毛猫テラ爺さんの特別な力ってなに。私とルルに話があるみたいだった。謎が多すぎて思考が停止しそうだよ〜。


 ピンポーン。そのとき玄関のチャイムが静かな部屋に鳴り響いた。カメラをのぞくとそこには……


ふみちゃん!わざわざ来てくれたの?」


 慌ててマスクをつけて玄関の鍵をあけ、文ちゃんを迎える。可愛らしい来客って文ちゃんのことだったのね。


「あ、咲?ちゃんと生きてた?風邪とは聞いたものの、あの健康自慢の咲が熱出しちゃうなんて心配するじゃん。勝手におしかけちゃってごめんね」


 黒縁メガネにベリーショートの彼女こそが、私の大親友の文ちゃんである。高校の入学式の日にお互いの通学バックにつけていた猫のマスコットから話がはずみ、その日のうちに意気投合。それからは毎日一緒にいるのがあたり前の関係なのである。


「やはり寝てるときも猫柄ですな〜」


 はずいっ!いつものピンクの猫柄上下のパジャマだったことを思いだし、突然恥ずかしさが込み上げたが、時すでに遅し。


「恥ずかしがらないでよー。私だって肉球柄だから同志ですな」


 そう言って、恥ずかしがる私に気を遣ってくれるところも文ちゃんらしくて思わずほっこりする。


「あ、そういえばね。さっきここに来る途中でいつもの管理人のお兄さんに会ったよ。咲の愛しの管理人さんだっけ〜。珍しく、あの三毛猫さんは肩に乗ってなかったけどね」


「あはは〜」


 そりゃそうだよね。その三毛猫のテラ爺さんは、私のところに挨拶に来たのよ〜なんて突然話しても、文ちゃんも困っちゃうだろうからそこは内密に。


「いや、愛しのとかじゃないし。ちょっと素敵だな〜とか思ってただけだし」


「とか言っちゃって。管理人さんと挨拶できなかった日の朝はしばらく元気ない人は誰ですかね〜」


 文ちゃんからの容赦ない尋問が続く。背後からはブスくれたフランの視線を痛いほど感じる。


「なんだよあの爺さん。勝手にうちにあがりこんで、帰るときの挨拶もなしかよ。本当に礼儀がなってないぜ。飼い主の顔が見てみたいもんだなー」


 しっぽをバタつかせながら、イジワルな横顔で私を見上げるフラン。そんなにわかりやすくイライラしなくてもいいじゃない。


「そうそう。大事なもの忘れるところだった!」


 そう言って文ちゃんは、背中に隠し持っていたケーキの箱を私の顔に差し出した。箱の側面にはChatnoirと黒猫のロゴがみえた。


「それってシャノワールのケーキじゃん!」


「咲、お誕生日おめでとう。限定パフェは延期になっちゃったけど、今日はこれで我慢してね。早く元気になって戻ってこないと寂しいんだからねー」


 箱の中をのぞくと、季節のフルーツのショートケーキが2つ並んでいた。みずみずしいピオーネと梨のコンポートがあしらわれ、この店の甘さ控えめの濃厚生クリームがたまらなく美味しいのである。


「今日は仲良くお母さんとふたりでお祝いするんだよ〜。体冷えるといけないからもうベットに戻って」


 と、にこっと笑う文ちゃん。


「本当にありがとう。もう最高の誕生日すぎるよ〜。早く治してくるから待っててね。限定パフェにもいかなきゃだもん!」


「そうだよ。美味しいものが大好きな咲らしくて安心したよ。あれ?そういえば、今日はルルちゃんは出てこないねぇ。寂しいなぁ〜」


 猫好き文ちゃんは、いつもフランとルルを撫でて帰るのがお約束。ルルったらテラ爺さんのことそんなに怖かったのかしら。どこに隠れちゃったんだろう。


 さっきまでのご機嫌斜めのフランはどこへやら。ここぞとばかりにのどを鳴らして、文ちゃんにすり寄っているではないか。後でルルに言いつけちゃうんだから。


「ま。猫とは気まぐれですからねぇ。そこも含めて可愛いんだけど。じゃあ咲、月曜日は学校で会えるの楽しみにしてるからね〜」


 文ちゃんを見送り玄関の扉をしめる。大切なケーキを冷蔵庫を入れようとキッチンに向かうと、足元にルルの姿があった。


「ルルどこいってたの?文ちゃん来てたんだよ〜」


 冷蔵庫を閉めて振り返ると、ルルはテーブルの上に座り、窓から遠くを見ているようだった。なんだか元気もないような。ルルは無口なまま、お気に入りのダンボールに丸くなりしばらく出てこなかった。


 夕方。私の熱は嘘のように下がっていた。いろんなことが起こり過ぎて、知恵熱が出てしまいそうだったけれど、最高の誕生日になったのは紛れもない事実だ。


 それからしばらくして時計の針が18時を過ぎた頃に母さんが帰宅。


「咲、ただいま。具合はどう?もう寝てなくて大丈夫なの?」


「うん。母さん今日早かったんだねぇ。ごはん何?熱下がったらお腹すいちゃったよ〜」


 その時、突然キッチンから母さんの笑い声がきこえた。


「母さん、どうした……の?」


 テーブルの上には、黒猫のシャノワールのケーキの箱がふたつ。ふたつ!


「ははーん。こんな気の利いたことをしてくれるのは文ちゃんだなぁ~。まいったなぁ。咲、ケーキ4個食べれる?」


「さすがの私でも4個は無理かも。でも2個ずつなら食べれちゃいそうだね」

 

 今日がこんな幸せな1日になるなんて思いもしなかった。こうして私の奇跡のつまった誕生日は終わりをつげたのである。


 次の日の朝、いつもの目覚ましのアラームと共にフランの雄たけびが聞こえる。嘘のように体調もよく気持ちのいい朝を迎えた。


「ママン、今日はカリカリにいりこマシマシでお願いしたいです」


 満面の笑みでごはんをねだるフランと、けだるそうに背伸びをするルル。猫の声が聞こえる奇跡はまだ続いていたのであった。


────────────────────


第3話を読んでいただきありがとうございます。


やっと秋らしいお天気になってきましたね〜。やたらと空気が乾燥してきましたので、みなさまご自愛ください。

 


 






 


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