第4話 幼き記憶と紅い瞳の理由
昨日の高熱が嘘だったみたいに体は軽くなり、目覚めのいい朝を迎えた。いつものごはんをねだるフランの声。まだ猫と会話できる力は残ったままだった。
「ねぇ、フラン、ルル、私まだあなた達の話がわかるよ。猫と会話できる奇跡はまだ続いてるみたい」
私はフランの丸々とした後頭部をひとなでして、いつものプレートにカリカリの朝ごはんを準備する。
「だからっていりこマシマシは今日は禁止。塩分の摂り過ぎは腎臓に負担がかかっちゃうんだから。ねぇフランったら聞いてるの?」
そんな私の言葉をよそに、早々とごはんに走りより嬉しそうにカリカリを頬張るフラン。その隣でルルはうかない表情で水を飲んでいた。
「ルル?体調でも悪い?」
テラさんの訪問以来、ルルはひとりでぼんやりしてる時間を過ごすことが多い。時々こっちを見てはうつむき、何かを話したそうにしている。私は思い切ってルルに聞いてみることにした。
「ねぇルル。なにか悩んでることや困ってることがあるのなら話してくれない?例えば、恋の悩みとか?」
勢い良くカリカリを頬張っていたフランが、その言葉を聞いて動きが一瞬止まった。
ルルは、少し考え何かを決心したかのように私のそばに走ってきた。いつもの朝の挨拶。私とルルは顔を寄せあって、鼻と鼻でキスをする。紅い瞳はいつにも増してキラキラしている。
「ありがとうママン。私ずっと話せなかったことがあるの。聞いてくれる?フランも一緒にいい?」
いつになく真剣な表情のルル。
「どうしたんだよルル。お腹でも痛いのか?まさか恋なんて話じゃないよな?」
さすがのフランも、いつもとは違うルルの様子が気が気ではなかったらしい。カリカリをお皿に残したままルルの様子を心配している。
「私も産まれてすぐの記憶だから曖昧で、夢だったのか現実なのかすら自信がなくて、フランにも話せなかったの。でもこないだテラっていうおじさんが来たときに、突然目の奥がチカチカして。あの日の記憶を全て思い出したの」
そしてルルはゆっくりと、ずっと話せなかった紅い瞳にまつわる幼き日の話をはじめた。
あれはママンと出会う1ヶ月程前。私は河川敷で母猫とはぐれ、ひとり食べ物もなく草むらに隠れるように毎日をやり過ごしていた。ひとりぼっちで夜を過ごし1週間ほど経っただろうか。毛はボロボロになり、目やにもひどく視界が悪い。やっと見つけた水たまりも、次の日には夏の日差しでひあがってしまうありさま。
空を見上げると、3匹のカラスが微妙な距離を保ちながら円を描き、私が倒れるのを今か今かと狙っていた。群れの中で一番大きな体をしたカラスが私に近づき声をかけてきた。
「もう静かに目を閉じて、楽になったらどうだいお嬢ちゃん。悪いようにはしないさ。君の母親と同じように、最期は綺麗に片づけてあげるから」
私は死神のようなカラスを睨みつけ、精いっぱい威嚇をするが喉はつぶれ思うように声がでない。
「ほぅ。威勢のいいお嬢ちゃんだねぇ。さていつまでそうしていられるかな。明日にでもお迎えにくるよ。雨に濡れるのはあまり好きじゃないからね」
カラス達はそんな私を嘲笑うかのように、空を悠々と飛び去っていった。
次第に夜が近づき、カラスの予言通り容赦なく強い雨が降りだした。なんとか雨宿りできそうな神社の軒下まできたけれど、すでに体力は限界。私はへなへなとその場に倒れこんでしまった。
……ママたすけて。私まだ死にたくない。
ずっと我慢していた涙が止まらなかった。しかし気持ちとはうらはらに、もう立ち上がる気力すら失われていた。
非情にも雨はさらに強さを増し、雷の音も聞こえる。そして次の瞬間、漆黒の夜空に龍のような稲妻が走り、大地を揺るがすような雷鳴が轟いた。焦げたような匂いが周りにたちこめている。
よく目をこらして周りを見ると、神社にあった御神木のひとつに落雷したらしく激しく焦げた枝や葉があたりに散ってた。
ふと空を見上げると、火の粉のようなものがヒラヒラとこちらに向かって落ちてくる。それはよくみると小さな人のような姿をしていた。白い肌と真っ赤な髪に、真っ赤な瞳。僅かだけどまだ呼吸している。私にできるのは、雨で濡れ氷のように冷たくなった小人の体を包み込み暖めてあげることだけだった。
恐怖よりも衰弱が上回っていた私は、静かに目を閉じ、小人を抱えたまま深い深い眠りについた。せめてこの小人さんが助かることを祈って。
気が遠くなる闇の中で、ポワッと赤く光る何かが私に近寄ってくる夢を見た。抱きかかえて眠った小人さんの姿だった。
……きこえる?私は炎の精霊ロシュ。幼きものよ、私を助けてくれて本当にありがとう。あなたの温もりのおかげで一命を取り留めることができました。私もあなたの小さな鼓動がとまってしまわぬように、力を授けましょう。そのかわり、次の扉が開くまであなたの中でしばらく時を刻ませてほしい。炎の契約によりこの幼きものに生きる力を……
次の瞬間、私はまばゆいほどの光に包まれ目が覚めた。雨の雫を朝日が照らしキラキラと輝いていた。
「うそ。もしかして私まだ生きてる」
空腹感を感じるくらい、体の痛みや気力も回復しているのが嘘のようだった。目を見張るほど大きな御神木の一部が黒く焦げている様子は、昨夜の落雷の凄さを物語っている。
すごく瞳の奥がチカチカする。そして喉の渇きをいやそうと水たまりをのぞき込んだ時に気がついた。私の瞳は紅い色に染まっていたのだ。
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