第2話 癒やしの鼓動

「さすがにあせった。ママンが僕達の声が聞こえるなんて言いだすんだもん」


 僕は大きな体を揺らして狭いペットドアを抜け、気持ちを落ち着かせるように爪とぎにしがみつく。


「でもさ、本当にママンと話せたらすごくない?フランくん調子に乗らないなんて言われちゃったね」


 ルルはケタケタと笑い、ママンの真似をしながら驚いた僕をたしなめる。


「あの高熱だもんな〜。多少おかしなことを話しだしてもしかたないのかもしれないな。とにかくこのままではママンのことが心配だ。予定通りアレを決行するぞ!」


「フランお得意の癒やしの鼓動ね。私はちょっぴり苦手だけど一緒にやってみるね」


 僕達は病にふせるママンにパワーを送るため、癒やしの鼓動を試みることにした。その前に、心の準備のため体中を舐めまくり、お皿の水で喉を潤し、俺達は再びママンの部屋へと向かうことにした。


 ペットドアから部屋に入ると、ママンはスヤスヤと寝息をたてて眠っている。肉球をそっとおでこにあてると、まだ熱をおびているのがわかる。


「こりゃおでこでハムが焼けそうだぜ。待っててねママン。すこしでも楽になるように僕達がんばるから」


「ハムなんて食べたことないくせに〜。ルルはこっそり舐めたことあるもん。香りがいいのよね〜」


「おい!今は食べ物の話はやめてくれよ。集中できなくなっちゃうだろー」


 気を取り直し、僕とルルは大きく深呼吸をして、ママンを挟むように右側と左側で丸くなり精神を統一する。次第に我の内なる情熱が加速し、この癒やしの鼓動がはじまるのだ!


「すごっ。フランのゴロゴロの音こっちまで聞こえるぅ。今日は一段と気合い入ってますねぇ〜」


「しーっ。ルルもちゃんと集中しろよ。ママンへの愛情をこう胸の奥から放出させて……」


「だって私ゴロゴロ苦手なんだもん。それより、フランのゴロゴロ聞いてたら、私まで眠くなってきちゃった。ふぁ〜っ。後は、フラン殿にお任せするのであります」


 ルルはそう言い残すと、大きなあくびをして目を閉じた。いつも勝手なやつなんだから。しかし、ルルの寝顔はなんとも可愛らしく、思わず抱きしめたくなるほどだ。そんな衝動をなんとか抑え、俺はママンのために癒やしの鼓動を続けるのだった。


 ん?よく見ると、ママンがこっそり薄目で僕達の事をのぞき見しながら、笑ってる??


「ねぇフラン。それって癒やしの鼓動っていうんだね。私のために本当にありがと。私すっごく幸せな気分だよ」


 ママンは僕の自慢のフワフワボディーに抱きついて撫でまわしてくる。な、なんとも気持ちよく、ゴロゴロはますます止まらない。


「あ〜ふたりだけズルいよぉ。ルルも一緒にいれてぇ〜」


 ママンは満面の笑顔を浮かべて、僕達を抱きしめてくれた。こんな風にみんなで過ごす時間が僕は大好きだ。


「ねぇ、ふたりとも聞いて欲しいの」


 急に真面目な顔をしたママンが、俺とルルの顔を見て話しだした。


「私にも、突然どうしてあなた達と会話できるようになったのかわからない。でもこの奇跡が消えちゃう前にこれだけは伝えておきたくて。私ね、フランとルルのことが大好き。家族になってくれて本当にありがとう」


 ママンは溢れる涙をぬぐうことなく、再び僕とルルを抱き寄せる。なんて幸せな日なんだ。猫と人間が心を通わせえることができる奇跡に感謝しかないじゃないか!一旦おさまりかけていた僕のゴロゴロが再び激しくなりひびく。ルルの真紅の瞳からも小さな涙の雫が溢れた。


「あ!そうだ!今日の奇跡の誕生日記念に一緒に写真撮っておこうよ。なんなら動画にする〜」


 ママンはそう言うと枕元のスマホを構えボタンを押そうとした、そのときだった。


「あーすまん、すまん。感動的な場面のようだがちょっとばかりお邪魔するよ」


 僕達の目の前に、見たこともない三毛猫が姿をあらわしたのだ。ルルより少し大きいくらいだろうか、猫界でもめったにお目にかかれないと噂のの三毛猫である。左目を覆うような黒いブチは眼帯のようにもみえる。あっけにとられ、僕達は驚きで声もでなかった。


 ママンが何かを思い出したように三毛猫に問いかける。


「あなた管理人さんところの猫ちゃんだよね?どこからはいってきたの?」


「いかにもその通り。ワシの名はテラ。咲さんに一度ご挨拶をと思い、やってまいりました」


「わ、わたしに挨拶?」


「正確には、咲さんとちょっと変わった瞳をお持ちのルルさんと話をしたくてのぉ」


 どうやらこのテラと名乗る三毛猫と、ママンは顔見知りのようだ。しかし、突然人の家にあがりこむとは礼儀知らずもいいとこだ。一言いってやろうと身をのりだそうとした時、隣のルルの様子がおかしいことに気づいた。


「おい。どうしたんだルル?震えてるのか?」


 ルルは尻尾を丸め、無言のまま隣の部屋へ走り去ってしまった。


「おい爺さん。ルルに何のようなんだ!何かあったら僕が許さないぞ」


「ふむ。フランさんは本当に家族思いだな」


 確かに、テラ爺さんからは敵意はチラリとも見うけられない。一体なんの話があるというのだろうか。何より、怖がるように走り去ったルルの様子が気がかりだ。


「実はな咲さん。あんたに猫と会話ができる不思議な力が目覚めたように、ワシにも特別な力があるんじゃ」


「特別な力?テラさんにはどんな力があるの?」


 僕とママンは、食い入るようにテラ爺さんのことを見つめる。


「コホン。それはじゃなぁ……。ん?続きはまたの機会にしようかのぉ。おやおや可愛らしい来客のようじゃぞ」


 そういうとテラ爺さんは、上手に両手で窓をあけ、何事もなかったかのように去っていった。もしかしたら器用に両手が使えることこそ特別な力なのかもしれない。


 そして次の瞬間、玄関のチャイムがなりひびいた。


 







 

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