第17話 状況の整理
「それで、ジャック。どういうことか一から説明してくれる?」
ウォールド王国一行を見送った後、一息をついてからブリス、アメリー、ジャック、サラの四人でランチをしていた。そこでサラがジャックへと説明を求めたのである。
「一からって言われてもな」
ジャックはぽりぽりと後頭部を掻いて「何を説明したらいいやら」と
「じゃあ質問するわ。私、ブリスとアメリーがオダン公爵夫妻だってこと、昨日知ったのよ。ジャックは当然知っていたのよね?公爵邸に滞在していたのですから。どうして教えてくれなかったの?」
サラは両頬を膨らませた。その姿を可愛いと思ってしまうブリスとアメリーはすっかり親ばかであるし、ジャックに至っては破顔が止まらない。
(もう!私が怒っているというのに、どうしてジャックはそんなにへらへらしているのかしら!)
「どうしてって、サラは一度も聞いてこなかったじゃないか。オダン公爵夫妻が誰なのか」
「誰なのかって。お会いしたことがないから聞いたって分からないじゃない。ブリスに広場会っても、アメリーが配達にきてくれても、ジャックは教えてくれなかったじゃない」
唇をつんと好きだすと、ジャックはもう我慢できなかったらしく「ぶはっ」と噴き出した。「どうして笑うのよ!」とサラは御冠だ。
「まあ、まあ。勘弁してやってくれ、サラ。私たちがジャックに頼んだのだよ。サラとは同じ村民として付き合っているからしばらく言わないでくれって」
「そうよ。変な形で伝わるのは嫌だから、私たちから伝えたいってジャックにお願いしたの。だからジャックのことを怒らないであげて」
「そうだったの。でもびっくりしたのよ」
「そうだよな。驚かせたよな。すまなかった」
「ごめんね、サラ。もっと早く伝えなきゃいけなかったわ」
ブリスとアメリーに謝られると、サラは「怒っているわけじゃないから別にいいわ」と許すしかできなくなる。しかし、三人にはもう一つ説明してほしいことがあった。
「じゃあ今度はブリスとアメリーに聞くわ。どうしてジャックが王太子だって教えてくれなかったの?」
サラが一番驚いたのはそれだった。ジャックの身分が高いことはなんとなく分かってはいた。いたのだが、まさか王太子とは思わなかったのである。
「それは……」
ブリスはちらりとアメリーを見た。そうするとアメリーもブリスへと視線を投げていた。
(お前から話してくれ)
(いいえ。あなたから)
ぶつかった視線の末、折れたのはブリスであった。
「国王陛下から頼まれたのだ。普段のサラを監視してもらいたいから、ジャック王太子殿下の正体は明かさぬように、と。それに私たちも自分たちの身分を黙っていたからな。一介の村民の私たちがジャックの正体を知っているのもおかしな話だろう」
「それはそうかもしれないけれど。それにしても……」
不満げな声を漏らすさらに、ジャックはまた破顔した。
「仕方がない。最初にサラを見初めたのは父上だったのだ。レオン殿下の婚約者でなければ我が国に欲しいと思われていたのだそうだ」
「えっ」
隣に座っているジャックの方へと勢いよく顔を向けた。首が少し痛かったが、それさえ気にならないほどだった。聞き間違いではないかと、ジャックの言葉を何度も頭の中で反芻させる。
「今、なんて?」
「だから。父上がサラを私の婚約者にできないか、と考えておられたのだ」
「私、国王陛下とお会いしたことはないわ」
「会わなくてもサラの情報は父上の元へといくらでも入るぞ。父上は慎重な御方だからな。隣国の王太子妃となる娘はどのような者なのか内偵していたのだ。隣国との外交は我が国にとっても重要だからな。サラの情報が入るたびに、父上は惜しいと思われたそうだ。だからサラの国外追放を喜んでお受入れになったのだ。早速、私の婚約者にしようと目論んだ父上は、私をサラの元へと派遣したということだ。まさか私と恋仲になるとは思わなかったそうだが」
「えっ!」
「ん?」
「国王陛下は私とジャックのことご存知なの?」
「ああ、もちろんだ。プロポーズを受けてもらったことも伝えてある。そうだ。それのせいでもあるのだ。サラにプロポーズを受けてもらったと話をしたら父上につかまったのだ。それで城を出るのが遅くなったんだ」
ジャックは額に手を当てて頭を抱えた。サラは両手を両こめかみに添えて「そんな、恥ずかしいわ!」と顔を真っ赤にする。チェリーよりも真っ赤になった頬に、ジャックの手がそっと伸びた。
「喜んでくれているから大丈夫さ。それよりも、改めて聞いてもいいか?」
「なにかしら」
「私と祝言をあげてくれるか?」
物欲しそうな翡翠色の瞳で見つめられると、サラの胸の奥はきゅんと切なくなった。その瞳に自分しか映っていないことが、どれほど嬉しいことかと思う。
「……ええ」
「王太子妃になる覚悟は?」
「ウォールド王国に捨てて来たはずだけど、また拾うことになるとはね」
「将来のシルク王国の王妃になる覚悟は?」
「ジャックと一緒なら受けて立つわ」
二人の世界が広がりそうになったところで、ブリスがごほんと咳払いをした。二人は慌ててフォークとナイフを握り直す。
「サラを泣かせたら承知しませんからね」
ブリスは笑ってはいたが、その目は笑っていない。
(サラはすっかりオダン公爵令嬢だな。泣かせるようなことがあれば、傾国してしまうかもしれないな)
ジャックは笑顔を返したが、腹の底では底知れぬ恐怖を覚えていた。ブリスは温厚そうにしているが、辺境地を任せてもらうほどの豪傑である。オダン公爵を味方につけることこそ、シルク王国を守ることでもあるのだ。
「サラの婚儀が楽しみね。それまで王都に行かせることはありませんからね」
「いや、それは困る。王城での生活にも慣れてもらわねば。それにウォールド王国で王妃教育を受けていたとはいえ、我が国の伝統もある。サラにはそれも学んでもらわねばならない」
「まあ。すぐにでもサラを連れて行くというの?」
「一日でも早く王城に慣れてもらうのは悪いことではない」
「でもサラが王城へと行ってしまったら、こちらで生活することはもうないのでしょう。それなのにすぐにサラを連れて行ってしまうというの?サラはせっかく私たちの娘になったのに」
潤むアメリーの瞳に、ジャックは「ぐう」と言葉を窮した。アメリーの言う通り、サラが王城へと入ればそこから出られなくなる。オダン公爵夫妻のおかげでシルク王国でのサラの身分を獲得できたことを思うと、突っぱねることはできなかった。
(サラは人たらしがすぎるな)
「……冬を越すまではサラも公爵邸で過ごしたらいい」
「まあ。たったそれだけ?」
もう一声とでも言わんばかりのアメリーにジャックは「うー」と唸りながら白旗をあげた。
「長い休みには公爵邸で休暇を過ごすことにしよう。サラ、それでどうだ?」
ジャックはもう泣きだしそうであった。サラはそれが可笑しくてつい頬を緩ませる。
「嬉しいわ。度々、実家に帰って来ていいってことなのね」
「度々ではない。長い休みだけだ。王妃になれば、それも難しくなるからな」
「まあお優しいご主人様ね。サラ、よかったわね」
「ええ、お母様」
「えっ!」
「えっ!」
サラは両頬を染めて、艶のあるうるうるとした唇で弧を描いた。その仕草がいじらしく、アメリーとブリスも両頬をほんのり色づける。
「今、私のこと……!」
「ええ。お母様って呼んだわ」
「サラ……!」
アメリーの目尻に雫が滲む。
「サラ、もう一度呼んで」
「お母様」
(ああ!なんていい響きでしょう!)
アメリーはその夢見心地のような響きをぐっと噛み締めた。それをブリスは隣で恨めしい顔で見ている。
「サラ。私は。私のことはなんと呼んでくれるのだ」
「まあ。そんなに急かさないでください。……お父様」
「サラ!!!」
感激の声をあげ、ブリスは椅子を立ち上がった。「そんなに興奮しないでください」とアメリーが窘めるが、ブリスには届いていない。
「サラをお嫁に出すのが惜しくなるな」
「まったくですわ。ずっと公爵邸で囲っていたいですわ」
「笑えない冗談はやめてくれ」
(サラにメロメロなオダン夫妻を見ていると冗談に聞こえないな)
ジャックはサラを離さないとでも言うかのように、机の下でサラの手をぎゅっと握った。それに胸が跳ねたサラだったが、優しく握り返した。
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