第11話 二人の関係

 暑い夏を超え、季節は秋を迎えていた。相も変わらずレオンからの手紙は届いていたが、サラは無視を続けていた。そんなことよりも賑やかになった邸宅での暮らしが心地よく、ウォールド王国に戻ることなど選択肢に毛頭なかった。

 

(こちらへやってきてもう半年も経つのね)

 

「サラ!ただいま!」

 

 サラの邸の冬支度が終わった頃、ジャックが飛び込むようにして邸へと入ってきた。彼はここ一ヶ月ほど王城へと戻っていたのだが、こちらへとまた帰ってきたのだ。

 

「おかえりなさい、ジャック。手紙では明日戻ると書いてあったけれど、早かったのね」

「サラに一秒でも早く会いたくて帰ってきたんだ」

 

 ジャックはサラをきつく抱きしめた。周りにはアリソンもドミニクもシッターのリーズもいたが、ジャックは気にならないらしい。

 

「わ、分かったわ。分かったから離して」

「嫌だ。早く君に会いたかったのだから、しばらく我慢してくれ」

 

 身体の小さなサラは、ジャックに飲み込まれたかのように抱きしめられている。

 

(火が出そうなほど恥ずかしいわ!)

 

 そう思うもののサラも本心では嫌ではないため、はっきりとジャックの身体を押しのけることはできない。早く会いたかったのはサラも同じなのだ。

 

「変わりはないか?私の居ない間に、他の男共から口説かれていないか?」

「そんなことあるわけないわ」

 

(よかった。男共に釘を刺して出かけたかいがあった)

 

 安堵の表情を見せるジャックに、サラは笑顔を零す。

 

「ジャックよりいい人なんていないわよ」

「当り前だ」

「当り前なの?」

「ああ」

 

 二人のそんなやりとりを、アリソンもリーズも微笑ましく眺めていた。リーズは公爵邸から派遣されてきたシッターで、アリソンと共にもうすっかりサラの邸に馴染んでいる。

 

「せっかくですからお二人はサロンでゆっくりされてはいかがですか?美味しい紅茶を淹れます」

 

 アリソンの提案をサラもジャックも喜んで受けた。サロンでおしゃべりを始めると、二人とも話が尽きなかった。顔を合わせていなかった分、話に花が咲くのだ。

 

(これが恋愛というものなのね)

 

 本の中で夢見たラブロマンスが今、自身の身に降りかかっていることが、サラは嬉しくて仕方がなかった。

 

(本で読んだよりもずっとわくわくするし、胸のどきどきが止まらないわ)

 

 ジャックと目を合わせると、つい口端が緩むのを止められない。それはジャックも同じだった。

 

「王城はどうだった?変わりなかった?」

「ああ。騎士団の皆とも久しぶりに顔を合わせたが、変わりなかった」

「王城仕えの騎士団って、国王陛下にはお会いできるのかしら」

「そうだな。警備体制によってはお会いできるな」

「そうなのね。いつか王都に行ってみたいわ」

「今度、王城へと帰るときに連れて行ってやろうか」

 

 ジャックの提案にサラは眉を下げた。

 

「だめよ。私はこれでも国外追放の身なの。ここを離れるわけにはいかないわ」

「サラ……」

 

 ジャックのことを想えば想うほど、サラは切なさが募った。

 

(ジャックとずっと一緒に居られたらいいけれど、そういうわけにはいかないものね。きっと王都には婚約者がいるでしょうし)

 

「……ジャック、ごめんなさい。雰囲気を悪くしてしまったわね。そうだわ。ジャックのためにチェリーパイを焼いたの。食べる?」

「あ、ああ」

「持ってくるわね。待ってて」

 

 サラは逃げ出すように席を立った。堪えきれないものがあったのだ。サロンから出ると廊下の隅でひっそりと目元を拭った。ふうっと深呼吸して両頬をぱしんと叩く。

 

「これくらいでくじけちゃいけないわね」

 

 心を立て直すと、サラは炊事場へと向かった。その様子を柱の陰から見ていたのはアリソンだった。

 

(あんなにお似合いのお二人なのに……。どうにか上手くいくことはできないのかしら)

 

 サラができないことを、アリソンにどうにかできるはずもなかった。ただサラが幸せであるようにと彼女は心から祈った。

 

 チェリーパイを食べ終えた後、ジャックは少し外を散歩しようとサラを誘った。夕暮れの迫る時刻ではあったが、久しぶりの対面とあって「少しなら」とサラはそれに応じた。

 

「サラに見せたい景色があるんだ。さあ、乗って」

「トニーで行くの?」

「ああ。帰りが真っ暗になるからな」

 

 トニーとも久しぶりの対面であることから、サラはその再会を喜んだ。トニーも喜んでいるようで、鼻先で挨拶をする。そして軽々とトニーの背中へと乗ると、サラの後方にジャックも乗り込んだ。

 

「しっかり掴まっていろよ」

「ええ」

 

 ゆっくりとトニーが駆け出す。頬を撫でる風が気持ち良い。傾きかけた太陽は、二人の影をオレンジ色に染めた。

 

「うわあ」

 

 すすきの揺れる丘に辿り着くと、そこからは大きな夕陽が見えた。村を一面に見渡せるそこからは、水平線に落ちていく夕陽に染まった大地が煌めいて見えた。

 

「とても綺麗……」

「サラに見せたいと思っていたんだ」

 

 ジャックは懐からオカリナを出した。サラの好きな音色が丘いっぱいに響き渡る。

 

(こんなに幸せな時間があっていいのかしら)

 

 まどろみの中で、サラの唇からは柔らかな歌声が漏れる。ジャックのオカリナに合わせて、サラは心ゆくまで音を吐き出した。ジャックへの愛が溢れて止まらないのだ。それはジャックも同じであった。

 

 地平線と太陽が一つになったとき、ふぁっと緑色の光が見えた。

 

「あれは」

「グリーンフラッシュだな」

 

 サラとジャックは顔を見合わせた。グリーンフラッシュを見られる機会は滅多にない。サラは自然と手綱を握るジャックの手に自身の手を重ねた。溢れ出そうなこの想いをどうしたらいいのか手探りしているのだ。

 

「私。きっと今日のことを忘れないわ。連れてきてくれてありがとう、ジャック」

「喜んでもらえてよかった。私も忘れない」

 

 琥珀色の瞳と翡翠色の瞳の視線がぶつかる。それはまるでお互いの瞳の色が溶け合ってしまいそうなくらい熱いものだった。二人の他にはもう何もなかった。そうして二つの影はゆっくりと重なった。何度も何度も角度を変えては、お互いの温度を唇で確かめ合った。

 

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