第12話 父からの手紙

 冷たい風が肌を刺すようになった頃、それは突然やってきた。いつものように郵便屋がサラの邸にやってきた。アリソンは「またか」と思いながら郵便物を受け取ったのだが、差出人がいつもと違った。

 

 慌てて廊下を駆ける。目的地は書斎だ。寒くなり始めた頃から、サラは書斎に籠って読書をすることが多くなっていた。

 

「サラ様!」

「どうしたの、そんなに慌てて」

「申し訳ございません。お手紙が届きまして」

「ああ。またレオン様でしょ。その辺に置いておいて」

「それが……」

「どうしたの?」

「お父上からのお手紙です」

「お父様から!?」

 

 ロッキングチェアに揺られていたサラは勢いよく立ち上がった。勘当を言い渡されたあの日からエドモンとの交流はまったくなかった。手紙などおろか、家を出るときの見送りさえしてもらえなかったのだ。

 

 おずおずと手紙を差し出すアリソンの元へとゆっくりと近づくと、それを受け取った。裏面を見るとアリソンの言う通りエドモンの名が記載されている。

 

 ごくりと喉が鳴る。机の上に置いてあるペーパーナイフで封を開ける。中にはただ一枚の四つ折りの紙が入っていた。それを広げると、確かにエドモンの文字が綴られていた。

 

 愛するサラ

 元気にしているか。

 お前が国を離れて八ヶ月が経ったな。

 お前を受け入れる準備が整った。

 迎えがそちらに到着次第、こちらへ戻ってくるように。

 国王陛下もレオン殿下もお前の罪を許し、お前を妃として迎えてくれると言っている。

 エミリアは側妃となるそうだ。

 お前に会える日を楽しみにしている。

  父より

 

 サラは絶句した。まさかすでに迎えを寄越しているとは思ってもみなかったからだ。

 

「サラ!サラはいるか!」

 

 邸にジャックの声が響いた。ひどく慌てている様子だ。

 

「ジャック!書斎にいるわ」

 

 扉から廊下へと顔を出し、ジャックを書斎へと呼ぶ。

 

「そこに居たのか。サラ、大変だ。十五日後にウォールド王国からのお前の迎えが到着するらしい」

「どこでそれを」

「公爵邸に手紙が届いたんだ。お前の預かりはオダン公爵となっているからな」

「十五日後……」

「それは?」

 

 ジャックはサラの手の中にある手紙に目をやった。サラはそれをジャックに渡した。

 

「読んでも?」

「ええ。お父様からの手紙よ」

 

 手紙に目を通すと、銀髪の御髪が逆立つかのようにメラメラと怒気が沸き立った。

 

「お前の父親はどうなっているんだ」

「強烈な野心家なの」

 

 ジャックは大きな溜め息を吐いた。それで少し血管の緊張が和らぐ。

 

「ウォールド王国に戻るのか?」

「戻りたくない。だけどきっとそういうわけにもいかない」

「……では、戻らなければいい」

「そういうわけには……」

「私と祝言をあげればよいではないか」

「え!?」

「初めて会ったときから惚れている。生涯の伴侶となってくれないか」

 

 それはサラが願っていたことではあったものの、その立場になれるのかどうか琥珀色の瞳が揺らいだ。

 

「心配要らない。サラを私の伴侶として迎え入れる準備は進めてきたのだ」

「えっ……」

「だから。良い返事をくれないか」

 

 ジャックはサラの手をとると、その甲に口づけをした。そして熱い視線に囚われる。胸の奥がもぞもぞして、居心地の悪いような泣きだしそうな、そんな感覚に陥った。

 

(ジャックの傍に居られるのなら……)

 

「……私もあなたのことをお慕いしております。生涯、そばに置いてほしいです」

 

 サラの返事にジャックは満足気に笑った。傍ではらはらと二人を見守っていたアリソンが「やったー!」と万歳をする。それに驚いた二人だったが、あまりにアリソンが喜ぶので一緒に笑顔を弾けさせた。

 

「では迎えがここへ到着する前にすべての処理をしなければならないな。祝言をあげるにはまだ時間を要する。その前に、サラをオダン公爵の養女にしてもらう。我が国の娘となれば、例えウォールド王国からの迎えが来たとしても連れ帰られることはない。強制的に連れて行かれれば誘拐になるからな」

「私をオダン公爵の養女に?」

「ああ。その方が私と婚姻を結ぶのにも丁度良いのだ。オダン公爵にもすでに了承がとれている。あとはこの書類を王城に届けて許可をもらうだけだ」

「許可が降りなかったら……」

「それはないだろう。サラの身元もしっかりしているし、オダン公爵たっての希望だ」

 

(結局オダン公爵と顔を合わせていないのだけれど、どうして私のためにここまでしてくれるのだろう)

 

 不思議ではあったが、悠長な構えをしている場合ではない。オダン公爵の助けがなければ、強制的に連れ帰られてもおかしくないのである。サラはありがたく養女の申し出を受けることにした。

 

「では今から私が王城へと届けてくる。遅くても十日で戻ってくることができるだろう」

「ジャックの手を煩わせて申し訳ないわ」

「早馬を飛ばすよりも早いからな。気にするな。愛する妻のためだ」

 

 妻と呼ばれてサラは頬を紅く染める。

 

「気が早いわ……」

「サラ以外の者を伴侶に迎えようと思わない。だから待っていてくれ。必ず許可をもらって帰る」

「ええ」

 

 ジャックの手がサラの頬へと伸びる。サラはそこに猫のようにすり寄った。輪郭を確かめるようにジャックの親指がサラの唇へと到達する。そこに口づけが落とされた。

 

「では行ってくる」

「ええ。気を付けて」

 

 寒いからと、サラはジャックに大判の布を持たせた。トニーに乗ったジャックはサラとアリソンに手を振ると颯爽と駆けていく。その後ろ姿が見えなくなるまでサラは外で見送りをした。

 

「サラ様。寒いですから」

「ええ……」

 

 良い頃合いでアリソンが声をかける。

 

(良い方向へと進みますように)

 

 ジャックの申し出は嬉しかった半面、サラは安心しきることができなかった。野心家のエドモンのことだ。どうしてでも娘を国へと連れ戻すかもしれないと一抹の不安がよぎるのだった。

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