24-2


 ーーそして、試験からひと月ほどたったある日のこと。

季節はもう春だ。

どこからか花の匂いが漂って来る。


 私は人が行き交うあたりを見渡した後、スーツ姿で隣を歩いているお父さんを見上げた。


「ねぇお父さん? 私今日はものすごくウキウキしてそわそわが止まらないんだけど、この学校って花壇にいっぱい花が咲いてるからかなぁ?」

「うーんそうだねぇ。花は人を魅了する魔力があるからなぁ。けど、一番はその制服を着てるからじゃないかな?」


 お父さんは微笑みながらそう言った。


「それもあるかもね!? この制服似合う!?」

「うん、すごく似合ってるよ」


 私が着ている制服は、赤いタータンチェックのジャンパースカートにアイボリーのブレザー。

それから首元に赤いリボンをつけている。


 真新しい制服にはまだ皺ひとつない。

ジャンパースカートとリボンは赤系か青系か選べたんだけど、お姉ちゃん達が赤の方が似合うって言ったから赤にしたんだ。


 私たち親子は、入学式会場と書かれた看板の前まで来ると一度立ち止まった。

式典が始まるまであと三十分。

そうだ、少しだけ寄り道していこう。


「お父さん、先に席についてて。私ちょっと行くところがあるから!」

「え? いいけど、遅刻しないようにね」

「うん!」


 私は急いで校舎の中を走った。

そして、ある部屋の前まで来ると扉を三回ノックする。

少しすると足音が聞こえて、その扉は開かれた。


「どちら様……」

「じゃーん♪ 制服似合う!?」


 部屋の主は私を見るなり扉を閉めた。


「ちょっと!? シトア!?」

「そんなくだらない用事で来るなよ……」

「くだらなくないよ!? シトアのおかげでこの制服が着れたんだから!」


 あれから一週間後、私の元に合否通知が届いた。

結果は、見ての通りの合格!


 シトアはご機嫌な私をちょっと鬱陶しそうに見た後、部屋から出てきた。

鍵を閉めると、私をおいてさっさと行ってしまう。

私はその後を走って追いかけた。


「シトア今日もスーツだ。スーツ着てるとちょっと先生ぽいね~」

「だから、ぽいじゃなくて先生だろ」

「そーだった! ていうかシトアってなんで先生になったの?」


 その質問に、シトアが廊下を歩く足をピタリと止める。


「えっ、もしかして聞いちゃいけなかった?」

「いや……」


 シトアは少し言い淀んでから、思い直すように私のことを見た。


「魔法省での仕事が全部、期待外れだったんだよな」

「へぇ? どのへんが?」

「説明がめんどくさい」

「いや、そこは教えてよ!」


 私が食い下がるとシトアはウーンと考えた。


「……そうだな。俺は物心ついた頃から尋常じゃなく魔法に没頭してたんだが」


 そう言って、シトアは自分のことを話し始める。

どうやら教えてくれる気になったようだ。


「他の奴らが遊んでる時も寝てる間もな。単純に楽しかったから。そうしたら、人より何かが出来るようになるのは当たり前だよな?」

「そっ、そうかな?」


 止まらずにシトアの話に耳を傾けようと思っていたけれど、私は思わず聞き返してしまった。

シトアは私が誰のことを思い浮かべているのか分かったようで、微妙な顔をした。


 そう、毎日何時間も勉強していたのにロイヤル魔法学校を退学になってしまった私のことだ。


「まぁそれで。俺は成績は常に一番だったし、十五歳で宝石師学校まで卒業した」

「え? シトアって今何歳?」

「十九」

「若!! 私とそんな変わらないじゃん!」

「……続けていいか?」

「あっ、どうぞ」


 廊下は誰もいなくて静かだ。

時々鳥の鳴く声が聞こえるけど。


 やりにくそうな沈黙が続いてから、シトアは仕切り直すように息を吸った。


「そうしているうちに俺はいつの間にか天才にさせられていた。努力で培ったものを天才なんて簡単な一言で片付けるのはおかしいだろ」


 シトアは感情を持たずに言ったけれど、そこには落胆やもどかしさが込められている気がした。

一息ついてから、シトアはもう一度私を見る。


「環境が変われば、魔法省に入れば、それも終わると思っていたのに……何も変わらなかったんだよな」

「あ、そっか。ピンときた。学校なら主役は生徒だから先生になったの?」

「そんな感じ。高い志があった訳じゃなくて悪いな」


 周囲から望んでいない判を押される苦しさは私にもよく分かる。

私とは全然立場が違うけれど、シトアみたいなパターンもあるのか。

勉強になったな。


「じゃあ私はこっちだから」


 そろそろお父さんの所に戻らなきゃ。

分かれ道でそう言って、シトアに手を振った。


 歩き出して数歩。

後ろから私を引き止めるように、シトアに名前を呼ばれる。


「だけど今は……教師になった意味を見つけた気がしてる。誰かのおかげでな」


 そう言ってシトアは笑った。

なんだかその笑顔が年相応に見えて、胸の奥が暖かくなる。


 それってもしかして私のこと?

私のことだよね!?


「じゃあ、私に感謝してよね! シトア先生!!」


 シトアに手を振って、私は入学式に向けて駆け出した。


 今日から新しい一歩が始まる。

学校が終わったら、家に帰って夕飯を食べてお風呂に入って、その後はいつものように四時間……いや、日付けが変わるまで勉強しよう。


 崖っぷちでやっとスタートラインに立てたくらいだから、きっとこの学園生活は苦難の嵐になるだろう。

だけどその結末がどうであっても、私の夢は変わらない。

つまずいても、一歩ずつ進んでいけばいいんだ。


 転んでも諦めずに立ち向かうこと。

それがみんなが気づかせてくれた私の才能だから。




Fin.

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