21 劣等生の潜在能力


 別館の中に入った私は周囲に怪しい人がいないか注意しながら中庭の扉を少し開ける。


 リンゴの木の傍らに、時空が歪んだように景色がいびつに乱れている部分があるのが見えた。


 目には見えないけど……もしかしてあれが人間の核?


 もう少し扉を開けてみる。

中の様子を伺うと、そこには中庭の中心で立ちすくんでいるリュウ先生の姿があった。

周りには黒づくめの怪しい男たちが倒れている。


 今まさに、カラスさんとリュウ先生は一騎打ちをしようとしているところだった。


 やっぱりカラスさんが犯人だったんだーー!?


 倒れている人たちはきっとカラスさんの仲間だ。

さすがリュウ先生、強い!!


 カラスさんは怪我はしていないものの随分苦しそうに見える。

シトアと同じように核の影響でめまいがするのだろうか。

でも良かった、リュウ先生は大丈夫そうだ。


「さて、これで最後にしよう」


 リュウ先生はそう言うと黒いステッキを空に掲げた。

手首にはまっている紫色のブレスが光って、ステッキの切っ先に光の球体が生まれる。

カラスさんが身構える暇もなく、リュウ先生は光を放った。


「うああぁぁーー!!」


 光はカラスさんを覆って激しく点滅する。

これはきっと雷の魔法だ。


 電流を浴びたカラスさんは力なく地面に倒れた。

辺りが静まり返る。


「……ふぅ、疲れた」


 誰もいなくなった中庭で、リュウ先生は一仕事終えたと言うように大の字で寝転んだ。

その衝撃でクォーツ草の光が宙を舞う。


 敵はいなくなった。

でも、核が完成すれば大変なことになる!

リュウ先生にも伝えないと!!


 私は中庭に入ってリュウ先生の元に駆け寄った。


「リュウ先生!!」

「あれ? 三日月さん、どうしたの?」

「シトアと話していて、大事なことが分かったので伝えに来たんです!!」


 本当は助けに来たのもあったけど、それはリュウ先生一人で事足りたようだ。


「大事なことって、なんだろ?」

「器を失った人の核は暴走して魔力を集め続ける。だからカラスさんは百華の体から核を取り出したんです。核が完成してしまう前に百華の体に戻さないと!」


 リュウ先生はきょとんとして私を見つめた。

そしてゆっくり起き上がって辺りを見渡し、核の方に歩み寄った。


「ああ、これね」


 リュウ先生が核を手に取る。

じっくりとそれを観察した後、リュウ先生はいつもの優しい声で何かを呟いた。


「え?」


 その時、核が脈打って、私に向かって光の飛沫が飛んでくる。


「伏せろ!!」


 シトアの声がしたと思ったら私は服を思い切り引っ張られて後ろに転がった。

それと同時に、核から放たれた光が後ろの扉を焼き焦がす。


「馬鹿!! なんで一人で行った!!」


 同じように地面に転がって草まみれになっているシトアは本気で怒っているようだった。

シトアはまだ苦しそうで、額に汗が滲んでいる。


「え、で、でも」


 私は何がなんだか分からなかった。


「ダメだよシトア君。生徒には優しくしなくちゃ」


 シトアとは対照的に涼しい顔をしているリュウ先生は、核を掌で転がしながら子どもを諭すような抑揚で喋った。


「未完成でこれだけの威力か。すごいなぁ」

「ちょ、ちょっと待って、リュウ先生……どういうことですか?」

「馬鹿だなぁ。まだ分からない? 核が欲しかったのはカラスじゃなくて僕。カラスは黒魔法を監視する隠密部隊。勘違いしちゃった?」


 こ、これって。

現実……?

だってリュウ先生は魔法が好きで、私を心配して駅まで送ってくれたり、優しくて……。


 リュウ先生は笑いながらそばにあったレンガの壁に触れる。

するとレンガはガーディアンの形に変わり、自分の肩にリュウ先生を乗せた。

まるでガーディアンが百華に付き従っていた姿のように。


 だけど百華の時と少し違うのは、ガーディアンが怯えるように小さく震えていること。


 親の言うことを聞く良い子。


 今ようやくその意味を理解した。

ガーディアンが百華を襲わないのは、リュウ先生の言いつけを守っていたからだ。


 信じられない。

信じたくない。


 目の前の光景を凝視していると、リュウ先生のコートからトカゲが這い出てきた。


「おっと、出てきたらダメだよトカゲくん」


 尻尾がーーなくなっている。


「リュウ……お前、寺島百華を利用してたのか?」


 シトアは脂汗を滲ませながら尋ねた。


「うん、そうだよ。だって自分の手は汚したくないからさ。あの子、ほんと素直で良い子だよね」

「ひどい。百華はリュウ先生のことを信頼してたのに……!!」


 リュウ先生……いや、リュウを睨みつけると彼は綺麗な笑顔を返してきた。

そして「スピード」と一言呟く。

するとリュウの右手の指輪が光って、核はものすごい速さでゆらめいた。


「ひゃあ!?」


 ここに来た時と同じような眩暈がして、転びそうになるのをシトアが支えてくれる。

核の再生が早まっている。


 心臓がぎゅっと鷲掴まれたような動悸がして体が動かない。

苦しそうに地面に這いつくばる私たちを嘲笑って、リュウは核を持つ右手を高く空に掲げた。


「あははは! 新しい時代の幕開けだ!!」


 リュウがそう叫ぶと、核は眩い光を放った。

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