18 パジャマパーティー


「あら、みかげ。ごきげんよう」

「ご、ごきげんよう」


 一人でいる百華を目の前にして、私は今日起きた出来事が結局夢だったのか夢じゃなかったのか考えた。


 まず、こんな時間にこんなところで一人でいるってことは家出をしたのは夢じゃない。

そして、消滅の黒魔法が使えるリンゴを採ったのはーー。


 多分、本当。


 百華の持っているトートバックの中から怪しい赤い光が見える。

目を逸らしたくなるような、ぞわぞわする光。


 黒魔法を使っていたり、黒魔法が使える魔力を持っているのを見たら魔法警察に通報しないといけない。

でもそうしたら百華は逮捕されてしまう。

私は悩んだ。悩んだ結果。


「今日うちでバニーピザパーティーするんだけど、よかったら来る?」


 と百華を誘った。

百華の疲れた表情を見ると何か事情がありそうだったから。


 それに、私が通報するより自首してほしい。


 百華は私の緊張とは裏腹に花が咲くような笑顔を見せた。


「バニーピザって、あのバニピのことですの?」

「うん、そう。ファストフードの」

「私、前からそういうの一度食べてみたかったんです!」


 百華は目を輝かせて立ち上がった。

口ぶりからするとバニピだけじゃなくてファストフードすら食べたことがないのかもしれない。

さすがお嬢様だ。

ということで、私は百華をうちに連れて帰ることにした。


 百華は電車にも乗ったことがないようで道中すごく楽しそうにしていて、なんだか旅行にでも行くような雰囲気だった。

時々、何かを思い出したように目を伏せてため息をついていたけれど。


「ただいまー」


 と家に入ってから私はぎょっとした。

琥珀ねぇ、それから瑠璃ねぇまで玄関で私を待ち構えていたから。

瑠璃ねぇと顔を合わせるのも数日ぶりだ。

仲直りしたいって思ってるけど、どんな顔でいたら良いか分からない。


 あっ!?

っていうか、琥珀ねぇは魔法警察なんだから、ここに百華を連れてきたらまずかったんじゃ!?

やっばあーー!?


「おかえりみかげ」

「おかえりなさい。みかげちゃん」


 けれど、二人はいつも通りににこっと笑った。


「え、あ、た、ただいま」


 あれ?

琥珀ねぇ、百華が黒魔力を持ってることに気づいてないの?

瑠璃ねぇだって琥珀ねぇほど鼻は効かないけど、同じように魔力を感じる能力は高いはず。


「リュウ先生のクラスの寺島百華さんね? いらっしゃい」

「はい、お邪魔いたします」


 瑠璃ねぇは百華を家に招き入れた。


「お腹すいてるだろ? さっさと置いてきな、その荷物」


 琥珀ねぇは私と百華を私の部屋に誘導した。

なんだろう、何かがおかしい。

瑠璃ねぇも平然と百華を受け入れているし、まるで誰かが来ることを分かっていたようなーー。


 そう思いながら部屋に入ったら、私は全てを理解した。

部屋がいつもより涼しい。

これは魔法結界だ。

私の部屋に結界が張ってある。


「あら、思ったより片付いていますのね?」


 隣にいる百華はその事に気付いていないようだ。

それもそのはず。

この結界は我が家オリジナルの魔法なのだ。


 私は体調がおかしい時なんかに家の家具や柱に芽を生やしてしまうことがあるんだ。

それがパーティクルを集めてたんだって今なら分かるけど。


 もしジャックと豆の木みたいに巨大な木が生えたら困るから、お姉ちゃん達が結界魔法を編み出したのだ。


 今私の部屋に結界が張ってあるということは、二人は私が何かを持った誰かを連れて来ることを察知していたということ。


 だけど何も言わずに受け入れてくれたんだ。

それは私を信頼しているから、なんだよね……。


「みかげ? どうしたんですの?」

「ううん、なんでもない。リビングに行こっか!」


 私はじわっと湧き出ていた涙を拭って百華と一緒にリビングに向かった。

ダイニングには私と百華の分のピザとポテトとナゲット、サラダ、ジュースが用意されている。


 瑠璃ねぇと琥珀ねぇは気を使ってくれたのかダイニングを区切るスライドドアを閉めてリビングの方で二人でテレビを見ていた。


「まぁこれが噂のバニピですか」

「うん、シェアして食べよ!」

「シェア? ってどういうことですの?」

「半分こってこと」


 私が二枚のピザを半分に割ってそれぞれのお皿に配ると百華は嬉しそうにしていた。


「百華は家族でシェアして食べないの?」

「私は一人っ子ですし……。あ、でも小さい時はお母様に見つからないうちに、お父様が私の嫌いなピーマンを食べてくださいました。それがシェアですのね!?」


 なんかちょっと違う気がする。

でも私は黙っておいた。


「ま、まぁ、それも広い意味だとそうかなぁ?」

「シェアは久々ですわ! 最近はお父様もお母様も、一緒に食事をとることは……なくなって……」


 ぼたぼたと百華の大きな目から涙が溢れる。

百華が急に泣き出すから私はびっくりして食べていたポテトをテーブルに落とした。


「え、ど、どうしたの!? これ口に合わなかった!?」

「違います。美味しいです。でもなんだか悲しくなってしまって」

「えっと、じゃあとりあえず食べな!?」

「はい……」


 百華は泣きながらバニピを食べた。

そして先にお風呂に入ってもらって、お風呂から私の部屋に戻ってきた百華は少し気持ちが落ちついたように見えた。


 百華の方が背が高いから、私が貸したお泊まり用のワンピースパジャマは少し丈が短かい。

けど、フリルの感じが百華に似合っていた。


「申し訳ないですわ。先程は変なところをお見せしてしまって」

「それは良いんだけど、大丈夫……? あの、実は私百華がお父さんとケンカしてるところ見ちゃったんだ」


 きっと……百華がリンゴを採った理由は、家族に関係することなんだよね?

お父さんとのケンカの後から様子がおかしくなったし。


 私はそっと聞いてみた。

百華は少し俯いた後、悲しそうに微笑む。

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