18-2


「私の両親は近々離婚するそうなんです」


 百華はそれだけ言った。

でもまだ続きを話したそうな声色だったから、私は何も言わず百華が話してくれるのを待つ。

やがて百華は涙をこらえるように手で顔をおおった。


「私が幼い頃はとても仲の良い両親で、でも、こうなってしまったのは私のせいなんです」

「え? どうしてそんな風に思うの?」

「だって私は魔法が使えなくなってしまったから」


 魔法が使えなくなる?

そんなことがあるんだ……。

と動揺したけれど、それを聞いて百華がスカウトされずにリファラル制度で受験していることに納得した。


 魔法が使えなくなったから国からはスカウトされなかった。

でも百華は本当は魔法模試で一位をとるくらい実力のある子だから、リュウ先生が推薦したってこと?


「でも何で魔法が使えなくなったからって両親の仲が悪くなるの?」

「私が魔法学校に入ってから、お父様とお母様も私の魔法の成績が少しでも悪くなるとお互いを攻めるようになりました。教育方針の違いというものですね」


 百華は膝の上で拳を作って静かに語った。


「私はだんだん魔法を使うことが怖くなってしまって。気付いたら魔力の声が聞こえなくなったんです」

「あ、百華は耳で魔力を感じるタイプなんだね……。私は目だよ。って、聞いてないか。あはは」

「ふふ、じゃあリュウ先生と同じですわね」


 百華が少しだけ微笑んだことに私はほっとした。

少し沈黙が流れて、外から木枯らしに吹かれて葉が擦れる音が聞こえてくる。

静かな間があったあと、百華は深く息を吸った。


「リファラル制度を受ける時、もし試験に受かればお父様もお母様も離婚はしないって約束してくれたんです。だけどお父様の考えは変わったようですわ」

「そうだったんだ。悲しいね……」

「ええ。でも、まだ間に合いますよね?」


 百華は切羽詰まったように私に尋ねた。


「ラディアント学園に来てから一度だけ、魔力の声が聞こえたことがあったんです。だからリュウ先生に教わっていればまた魔法が使えるようになる。そうすれば全部元に戻れますわ」


 私は返事に困った。

両親の仲が自分の成績で左右されるなんて、百華にとって本当に幸せなことなんだろうか?


 それに、百華の事情は分かったけれどこれだけではリンゴを採った理由を計れない。


 リンゴの魔力は何かを消す力。

百華の目標は試験に受かることだから、何かを消すことで試験に受かる?

どういうことだろう。

増やす力だったらまだ分かるんだけど……。


「で、みかげの方はどうなんですの?」

「え? どうって?」

「試験はうまくいきそうなんですの?」

「それはー……。けっこう崖っぷちだよ」


 から笑いをしながら私は正直に言った。


「あら、でも身内にリファラル委員がいるんですもの。大丈夫でしょう?」

「瑠璃ねぇは不正なんてする人じゃないよ。私のことを信じて推薦してくれたんだよ」


 私が力強く言ったから、百華は少し目を見開いた。


「そう。それだけ自信があるのなら本当なんですわね。ごめんなさい、疑ったりして」

「ううん、いいよ。だから瑠璃ねぇのために私も絶対に試験に受かりたいんだけどさぁ」


 ハァ。と大きくため息をつきながら私はクッションを抱え込んだ。

百華もそれにつられてクッションを手に取る。

そして少し考えるような仕草をしたあと、まっすぐに私を見た。


「私、ついこの前魔法省のある文献を読んだんです」

「うん?」

「筆者は分かりませんでしたけれど、リュウ先生の机にあったから確かなものですわ」

「へえ?」


 百華は私と向かい合うように居住まいを正した。

なんだか真剣な話な気がして、私も正座になる。


「人はなぜ魔法が使えると思います?」

「えっと、魔力を持たないから?」

「それだけじゃ説明がつきませんわ」

「まあ、それもそうか。えーと、それがその文献に書いてあったってこと?」


 私が尋ねると、百華はごくっと喉を鳴らして頷いた。

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