17-2
ーー砂糖とバターを混ぜたような、そんな甘い香りが一瞬した。
フワフワした感触の何かが鼻をくすぐる。
「へくしっ!!」
私は自分のくしゃみで目を覚ました。
レースのような白くて綺麗な蝶がたくさん私の周りを飛んでいる。
空には月が登っていて、蝶は月明かりにぼんやりと光っていた。
「そうだ、百華!?」
幻想的な情景に見惚れてしまったけれど、気を失う前のことを思い出して勢いよく起き上がる。
私はあのまま中庭で寝ていたようだった。
だけど、百華もカラスさんもどこにも居ない。
ガーディアンもリンゴの木の前で大人しくレンガの壁になっていた。
ここで何かが起きた。
という痕跡もなく、いつも通りの風景に私は戸惑った。
「え? 夢……?」
百華はリンゴの実を取ってしまった。
その事実を確かめようとリンゴの木の実の数を数えたけれど、元の数を知らないから意味がなかった。
どうしよう。
と呆けていると、スマホが数回振動した。
琥珀ねぇからのメッセージだ。
“帰りが遅いけどどうした?”
と書いてある。
「え!? 今何時!?」
ぎょっとしてスマホの時計を見たら時刻は午後九時を示している。
「や、やっばあああー!!」
門限過ぎてる!
の前に、休憩時間が終わってからもう四時間も経っている。
シトアは戻ってくるかどうかは私に任せるのうだったし、理由はどうであれ結果的に戻って来なかった私って……。
もう絶対にシトアは帰っちゃっただろうけど、私は全力疾走でシトアの研究室へと向かった。
慌てすぎて何度か転びながらシトアの研究室までたどり着く。
すると、なんと電気が付いているではないか!?
うそ、もしかしてシトア。
まだいる……?
心臓が軋むほどドキドキしながらドアを開け……ようとしたら空ぶって誰かにぶつかった。
どうやら同じタイミングで内側からドアが開いたらしい。
ぶつかった主は私を無言で見下ろしている。
そして数秒見つめあった後、彼は扉の施錠をしてスタスタと廊下を歩いて行ってしまった。
「あ!? 待ってシトア!!」
慌ててシトアの前に出て引き止めるように両手を前に突き出した。
そして、ぎゅっと目をつむりながら勢いよく頭を下げる。
「戻るのが遅くなってごめんなさい」
さっき起きたことを言い訳したって意味ない。
だって私が休憩時間内に戻って来なかった事実は変えられないから。
でもシトアはもしかしたら、ずっと私を待ってくれていたのかも。
だから、その事だけきちんと謝るべきだと思った。
少し沈黙が流れた後、シトアはため息をついた。
「その膝はどうした?」
「えっ、これはその……」
ここまで来る間に転んで擦りむいた膝は血が出ていた。
でもそれを説明したら必死さをアピールしている気がして言いづらい。
と、私が悩んでいる間にシトアは一度窓の方に手のひらを向けて、今度はその手を私の方へスライドさせた。
すると水滴がどこからか集まってきて水溜りを作りはじめる。
それが手のひらくらいの大きさになると、水溜りは私の膝を包んだ後弾けて消えた。
一瞬のうちに傷口が綺麗になっている。
「わ、ありがとう!? すごい、シトアっていつもどうやって魔法を使ってるの? 遠くから魔力を集めてるってこと?」
私はずっと気になっていたことを、ついに勢いで質問してみた。
急に話題を変えたからシトアは少し訝しげな顔をしたけれど、すぐに「ふむ」と考える仕草をする。
「それは良い質問だな。できるかどうかは別だけど、知りたいか?」
「知りたい!」
「魔力のことを考えて考えて考える。そうすれば自ずと答えは見えてくるから、わざわざ俺が教える必要はない」
「え」
なんだその意地悪な答えは。
私が固まっているうちにシトアはまた歩き出して、こっちを振り返らずに手を振った。
「とりあえず今日はもう帰れ。じゃーな」
今日”は”って、明日またここに来ても良いってことなのかな。
それは分からないままシトアの姿は見えなくなった。
シトアが言った「魔力のことを考えて考えて考える。そうすれば自ずと答えは見えてくる」
って、どういう意味なんだろう?
魔力の本質とはまた少し違う気もする。
もしかして今私に足りないことってそれ?
廊下で「うーん」と考えていると、スマホが激しく振動する。
琥珀ねぇから着信だ。
あ!
そういえばまだ琥珀ねぇのメッセージにに返信してなかったんだった!
「もしもーー」
「コラーー!! みかげ、今どこにいるんだ!」
「ごめんなさい〜〜っ! まだ学園にいて、今から帰る!!」
「まったく。バニーピザでみかげの好きなピザを買ってきてあるから、気をつけて帰ってこい」
「わーい、ありがとー!」
私は走りながら電話を切った。
もう夜だから街の様子は昼とは違っていて大人たちが商店街の通りを行き交っていた。
再び公園の前を通り過ぎた時、視界の端にあるものが映る。
んん!? 今のは!?
急いで急ブレーキをかけて、私は公園の中に入った。
「百華……?」
ブランコに一人で座っている少女に話しかける。
少女は、ゆっくり顔を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます