17 無事に外に出たければ、息を殺してじっとしてください


 百華と百華のお父さんは人目も憚らず何かを言い争っている様子だ。


「百華、落ち着きなさい。これは百華のためなんだよ」

「そんなの嘘よ!! もう顔も見たくないわ!」

「百華、待ちなさ……あっ!?」


 百華は父親の手を振り払ってどこかに走って行った。

父親はすぐに追いかけようとしたものの、運動音痴なのか派手に転んでしまい立ち上がれないようだ。


 えっ、家出!?

追いかけた方がいいのかな?


 常日頃、琥珀ねぇから魔法を使って少女を誘拐する輩がいるというのを聞いていた私は不安になった。

とりあえず行方だけでも知っておこうと百華を追いかける。


「も、百華ー!」


 呼びかけてみても雑踏に紛れて声が届かない。

百華も案外足が早くて必死に追いかけていると、そのうちラディアント学園の校舎が見えてきた。


 あれ?

なんだ、学園にいるなら安心か。


 と、校門に入って行く百華の姿にホッとする。

スマホを見れば丁度あと五分で休憩時間も終わりだ。


 うーん……そうだ。

一応、シトアにも伝えておこうかな。

親御さんに居場所だけでも連絡した方が良いかもしれないし……。


 私は走って来た息を整えながらラディアント学園の門をくぐった。

だけど本館に入ろうとした時、開け放たれたままの別館の扉から百華の姿が見えて立ち止まる。


 百華は中庭の扉に手をかけていた。


 もう陽は沈みかけている。

夜になればガーディアンの警戒心が高まる事を思い出した私は急いで百華の方に方向転換をした。


「百華待って、危ないよ!!」


 返事はなく、百華の後ろ姿は中庭へと消えてしまう。

私も急いで後を追い、中庭に入るとクォーツ草の美しい光の中に立っている百華が見えた。


「良かった無事だ……、え?」


 百華の隣にガーディアンがいる。


 でも、ガーディアンから殺気は感じられない。

むしろ主人を守るかのように百華の隣を歩いていた。


 ど、どういうこと?


 この前リュウ先生もガーディアンを退けていたけれど、それは親の言うことを聞く良い子だからって言ってた。

 

 じゃあ、なんで一介の受験生の百華に従ってるの?


 困惑しながら扉の所で様子を見ていると、やがて二人はリンゴの木の根元まで歩いて行った。

ガーディアンは手のひらに百華を乗せて宙へと持ち上げる。


 そして、百華は白魚のような指を赤いリンゴに向かって伸ばした。


 まさかリンゴを盗もうとしてる!?


「ダメ百華……ッ、わぁ!?」


 引き止めようと足を踏み出したら、急に体が後ろにひっぱられる感覚がした。

それと同時にあたりが突然真っ暗になって、バランスを崩した私は地面に転がる。


「いたぁっ!? なに!?」


 体制を立て直しつつ周囲を見渡すと、視界は黒いフィルターをかけたような奇妙なモヤで包まれていた。

モヤの先には百華とガーディアンが見える。


 でも、手を伸ばしてもモヤに阻まれて外に出ることができない。


「なにこれ、どうなってるの!? 誰かー! 誰か助けてー!?」

「静かに」

「ひっ!?」


 いつの間にか背後に人がいた。

驚いて振り返ると、そこにいたのはーー。


「か、カラスさん!?」

「……無事に外に出たければ、息を殺してじっとしてください」

「ひ、ひえ」


 カラスさんがいて、あたりは真っ暗で、出られないということは……。


 これはまさか影の魔法!?

私は影の中に連れ込まれたっていうこと?

うそ、なんで?

しかも無事に外に出たければってどういう意味?


 無機質なカラスさんの表情を見ていると恐怖を感じて足が震えてきた。

そうこうしているうちに百華の手は赤く光る果実に触れる。

力強くその実を引きちぎった時、空から何かが竜巻のように押し寄せてきた。


 赤黒い光と、聞いたことのないくらい低くて気味の悪い音。


 それは百華の引きちぎったリンゴの中にどんどん吸い込まれていく。


 あ……。

私、この感じダメだ。

気持ち悪い……。


 そう感じたのを最後に、私の意識は途絶えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る