9-2


 ザマス先生が黒板の前で一列に立っている先生達を振り向く。

私が放っといてって言ってしまったから、瑠璃ねぇは何も言わなかった。

けれど真剣な顔で真っ直ぐに私を見ている。


 瑠璃ねぇ、それってどういう感情……?


 表情から胸の内は図れなくて、気まずくなった私はつい目を逸らしてしまった。

他の先生達は苦笑いをしているだけ。

だからザマス先生は勝ち誇ったように私を見下ろした。


「あら残念。さ、話は終わりでーー」

「じゃあ、僕が担当して良いですか? その子」


 暗い部屋に灯りをつけたように空気が変わる。

手をあげて先生達の列の後ろから出てきた”誰か”は、にっこりとザマス先生に笑いかけた。


 その姿を見て、私は顎が外れそうになるほど「あっ」と驚く。

なにせそこに居たのがシトアさんだったから。


 え!? シトアさんが何でここに!?

ってそうか。

インターンで魔法省に来てたから、瑠璃ねえの助手ってこと?


「シトア先生、本気ですか!? あなたほどの方がなぜこんな子を……」


 と、ザマス先生は私以上に驚いている。

だけど私はそれより更に驚き直した。


 シトア……、先生!?


 しかもザマス先生の口ぶりから察すると何だかめちゃくちゃすごい人っぽい。

混乱しつつも色んな可能性を考えて、私は一つの結論を出した。


 もしかして……。

シトアさんは琥珀ねぇと同じように飛び級で卒業して魔法省の職員をしていたってこと?

ただローブを着ていなかっただけで……。


 それで今はここで先生をやってるって事だよね?

それなら最近魔法省で見かけなかったのも合点がいく。


 なんで魔法省を辞めたんだろう?

なんて、気になるけど今ここで聞ける訳もない。


 シトアさんは困惑している私とザマス先生に向かって笑いかけた。


「赤渕先生こそ正気ですか? こんな逸材滅多にいないですよ」

「「えっ」」


 ザマス先生とリアクションがかぶった。

かなり気まずい。

ザマス先生は誤魔化すようにオホンと咳払いをした。


「な、なるほど。分かりました。シトア先生がそこまで言うのなら認めましょう。ただし、こちらに迷惑はかけないでくださいね」

「ええ、もちろん。じゃ、行くぞ」


 そう言って、シトアさんは私の腕を掴んで教室を退出した。


 少し歩いてたどり着いたのは『Dr.シトア』と名札のついた、さっきの教室の半分くらいの大きさの部屋。

隣にも同じような名札がついた部屋があったから、先生個人個人の研究室があるみたいだ。


 シトアさんの部屋はスモーキーブルーのパッチワークのソファと、中央に黒い六角形の机が置いてあるだけで物はあまりない。


 壁には黒のカラーボックスが埋め込まれていて、そこに少しだけ私物が置いてあるくらいだった。


「改めて、シトア・ルーンだ。よろしく」


 シトアさんはソファに座ると私に向かって手を差し出す。

その姿は後光がさしているように見えて、私はドキドキしながら握手をした。


「三日月みかげです。よろしくお願いします」


 えっ、どうしよう。

私今、少女漫画の主人公みたい!?


 こんなに綺麗な人が私の先生で、しかもシトアさん……いや、シトア先生は今日だけでなく何回も私のことを助けてくれている。

これが青春ってやつかい!?


 私の頭の中に様々な妄想が駆け巡った。


「三日月さん、休憩時間に資料を見せてもらったけど」

「はい!」

「成績は悪いし、そーとーアホなんだな」

「ん? なんて?」


 今流れるように悪口が聞こえたけど、私の聞き間違い?


「だから、単刀直入に言ってアホなんだな」


 じゃなかったーーッ!!

えええちょっと待って!?

さっきまでの好印象はどこいったの!?

驚くほど口悪くない!?


 試しに自分の髪の毛を引っ張ってみたら普通に痛かったから幻覚を見ている訳ではないしこれは現実らしい。


 嘘でしょ!? これが本性!?

がっかり……。

だけど、いや、勝手に神聖視していた私が悪いんだ。


「あ、アホって言う方がアホなんですけど!?」

「はいはい」


 全然相手にされてない……。


「そんな事より、聞きたいことがある」

「え、なんですか?」

「現実的に考えれば問題を起こした奴が合格できる望みは薄い。しかも落ちたらもっとコケにされる。それでも頑張ることに意味なんてあるか?」

「……」


 シトア先生の真っ直ぐな眼差しが私を射る。

私は負けじとその目を見返した。


「ある」

「どうして?」

「バカにしたけりゃすればいい。私は目的地しか見ないから。それがどんなに険しいルートでも、どんなに汚れていても関係ない。最後まで歩き続けたい」


 そう言った私を見て、シトア先生はフッと笑みをこぼした。


「俺は鬼のシトアと言われるほど厳しい人間だ。ここに来たこと……いや、生まれたことすら後悔するかもしれない」

「え!?」

「どうだ? それでも、本当にやるか?」


 妙な緊張感に私は生唾を飲んだ。

怖いけど、なんだかすごい事が起きそうな予感!?


「や、やります!」

「よし、分かった。じゃあまず初めに……」


 シトア先生はソファから立ち上がって壁に埋め込まれたカラーボックスへ向かった。

その一挙手一投足を凝視している自分の鼓動がやけにうるさい。


 先生は棚から何かを手に取ると、こちらへ戻ってきた。

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