9 あなたほどの方が、なぜこんな子を
どうしたら良いか分からなくなって、私はカバンを引っ掴んで保健室を飛び出す。
もう帰る!!
今日はケーキをいっぱい食べて、勉強だって何もしない!!
ぐーたらしてやるんだ!!って思って校舎の中を駆け抜ける。
「わっ!!」
すると、濡れた靴が重くて防火扉のへりにつまずいてすっ転んだ。
しかも前のめりに転んだからおでこは打ったし膝は擦りむいたしで情けなさすぎる。
私は起き上がったものの、メソメソと泣きながらその場にしゃがみ込んだ。
「うう、うう〜」
「大丈夫?」
視界の端に白くてすらっとした足が映る。
顔を上げると、艶々の黒髪をポニーテールに結った女の子が私を覗き込んでいた。
彼女は私と目を合わせると一瞬きょとんとして、それから猫の目みたいにぱっちりした瞳を細める。
めちゃくちゃ可愛い子だ。
「あら、あなた三日月さんですわよね?」
「え? う、うん。そうだけど……」
私の名前を知ってるってことは、もしかして同じ受験生の子?
口調からしてものすごいお嬢様って感じだ。
上品な紺のワンピースもよく似合っている。
「少しお聞きしたいのですけど」
「うん?」
「瑠璃さんって実力だけでなく内面も優れているとメディアでよく取り上げられていますが、本当はあんな感じなんですの?」
「え? あんな感じって?」
「全部自分の思い通りにしたい方なのだとお見受けしました。それに妹をコネ推薦だなんて……堂々とよくできますわね? 私、見ていて恥ずかしくなりました」
カッチーーン。
と私の額に青筋がたった。
「瑠璃ねぇはそんな人じゃーー!」
と言いかけて口をつぐむ。
確かにこの私を連れてきた時点で側から見たらそうだ。
それでも何か言い返そうと思って、だけど言葉が浮かばなかった。
「それではごきげんよう」
そうこうしているうちに名前も知らないお嬢様はにこやかに去っていく。
角を曲がる時、彼女は私を振り返ってクスッと笑った。
それが無性に悔しくて、私の中に名前をつけられない感情が渦巻く。
違う。瑠璃ねぇは本当は優しくてなんでもできて、夢見る魔法少女、魔法少年の憧れの存在なんだ。
なのに私のせいで瑠璃ねぇまで悪く思われてしまった。
全部私のせいだ。
弁明もできない私の……。
校内のチャイムが鳴る。
私は誰もいない廊下に響き渡るその音を、やまびこが消えるまで静かに聞いていた。
「……よし」
一度深く深呼吸。
それから、大きく一歩を踏み出した。
ある場所に向かうために。
時間はきっとギリギリ。
息を切らしながら目的の扉を開けると、最初に来た時と同じように教室にいる人達の視線が私に刺さった。
走ってきたし、緊張してるから心臓が爆発しそう。
だけどぐっと拳を握って教室の出入り口で深々と頭を下げた。
「さっきはみんなの荷物を濡らしてしまって、試験も中断させてしまって本当にごめんなさい!!」
良かった、声が震えてるけど言えた!
誰も何も言わずにしばらく沈黙が続いた後、ハァと一つだけため息が聞こえる。
「てっきり帰ったと思ったのに。まぁ礼儀だけはあるようね。さぁ、気が済んだなら行きなさい」
ザマス先生の投げやりな声。
顔を上げたら目があって一瞬ひるみそうになったけど、大きく息を吸ってこらえた。
私の目的はみんなに謝ることだけじゃない。
「帰りません! クラス分けテストも、ここでの授業も試験も全部受けます!!」
そうだよ、自分のことはいくら見下されても良いじゃん。
そんなの慣れてるもん。
だけど、私のせいで瑠璃ねぇまで悪く言われるのは絶対に嫌だ。
それなら私はコネで選ばれたんじゃないって証明するしかない……!!
ここは名門校。
図書室には普通より幅広い文献もあるだろうし、先生だって指折りの魔法師や宝石師がいるんだ。
きっと何かを掴み取ってみせる。
「なっ、何ふざけた事言ってるのよ。早く出て行って!」
ザマス先生は狼狽えていた。
「嫌です。私は正式に試験の招待状を貰いました。つまりここに居る権利があります。なのに追い出せるんですか!? それって問題じゃないですか!?」
一所懸命伝えようとしたらびっくりするくらい早口になった。
ハガキを見せながらザマス先生に詰め寄ると、私がここまで食い下がると思っていなかったのか、彼女はまごつきながら後ずさっていた。
「な、何よもう~っ!! 分かった、分かったわ! ただし、あなたを担当したいという教諭がいればの話です!」
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