8-2


「あ、あなたねええぇ!! 鉛筆をステッキにするなんて聞いた事もないわ! 妨害行為も良いところです!」

「ごっ、ごめんなさい! でも魔法を使おうとしたんじゃ」

「だから私はリファラル制度なんて反対だったんのよ。こんな子が学園に入るなんてありえない!」


 ザマス先生は私の言い分を聞いてくれなかった。

でもそりゃそうだ。

私はとんでもないことをしてしまった。


「赤渕先生。今はそれよりも早く試験会場を移して、三日月さんも着替えさせてあげましょう」


 瑠璃ねぇが割って入ってくる。

ザマス先生は眉を釣り上げて私と瑠璃ねぇを睨みつけた。


「そういえばこの子はあなたの妹でしたね。なるほど、そういう事ですか」

「何が言いたいのでしょうか?」

「出来の悪い身内をねじ込むために、自分の立場を利用したということよね?」


 なんだか悪意ある言い方だ。

けれど瑠璃ねぇは挑発には乗らず、余裕そうにニコッと笑い返した。


「推薦状はご覧になりました? 三日月みかげさんには試験を受けるに相応しい才能があますよ」

「え? そうなの?」


 思わず口を挟んでしまった私を、ザマス先生はチラッと横目で見る。


「確かにパーティクルを使って生命力を失った木を蘇らせるとは驚きました。更に、それをステッキにして魔法まで使うとは」


 パーティクルとは、空気中に漂っている微細な魔力のこと。

私たちが二酸化炭素を吐き出すように、魔力は色んなところから自然と放出されているらしい。

もちろんこれはミクロレベルの話だ。


 今までも木を芽吹かせてしまうことはたまにあったけれど、そういう事だったんだ。

と私は驚いた。


「つまり魔力を集める力が強いのでしょう。それゆえにコントロールする力が足りていない。可能性だけで言うなら大魔法師にもなれるでしょうね」

「ええ!? それ、本当ですか!?」


 やっぱり名門校の先生はすごいんだな?

ロイヤル魔法学校にいた時はみんな遠巻きに私を見てるだけで、そんな事一言も言ってくれなかったよ。


 勢いよく詰め寄った私を、ザマス先生はフンと鼻で笑った。


「喜んでいるところ悪いけど、その年齢になっても使いこなせていない。それが全てだわ」

「まぁ、赤渕先生は何も分かっていませんね。そんなのーー」


 瑠璃ねぇが何かを言いかける。

でも、ザマス先生は大きなため息で遮った。


「魔宝石は緻密で繊細な世界。魔力を集める力が強い事がそれほど特別かしら? むしろコントロールできないのなら邪魔にしかならない。周りにとってもただの害よ!」


 赤いマニキュアを塗った指で、ザマス先生が私を指す。

そのあまりの剣幕にその場が静まり返った。


 ザマス先生の言ったことに同意するように冷たい視線が刺さる。

魔法学校でも、魔法省でも、何度も浴びてきた目だ。


 私は居た堪れなくなって俯いた。


 確かにそうだ。

私だって魔法が上手く使える可能性はあるかもしれない。

でも実際はみんなの邪魔をしただけ。

今、ここにいる資格はないんだ。

謝らなくちゃ。


 そう思って私が顔を上げたのと同時に、瑠璃ねぇはポンと手を叩いた。


「害、ですか。お話しするだけ無駄だという事が分かりました。これ以上は時間がもったいないですね」

「そうね。あの子を辞退させてちょうだい」

「それはできません」


 瑠璃ねぇはにこやかに、ただ一言そう言った。


 声を荒げた訳でもないのにその場の誰もが圧倒されて黙ってしまう。

ザマス先生も目を見開いたまま固まっていて、しばらく時間が止まったような感覚がした。


 瑠璃ねぇがこんなに自己主張するなんて……一体どうしたんだろう?


「ということでみなさん、試験会場は隣の教室に移します。荷物を持って移動してください。十五分休憩にしましょう」


 そこでようやく少し空気が和らぐ。

周りの様子を伺いつつみんながぞろぞろと動き出す中、瑠璃ねぇは私の手を取った。


「みかげちゃん、保健室に行きましょう。服を乾かさなくちゃ」

「う、うん……」


 瑠璃ねぇがいつもと違うから、私はまだ動揺していた。

だから手を引かれるままに保健室に連れて行かれる。


 部屋の中には誰もいない。

瑠璃ねぇは窓から手を伸ばしてそばに生えていた木から葉っぱを数枚手に取った。


 そして、ステッキを取り出すと手のひらの中にある葉っぱを数回叩く。

風の魔法だ。

瑠璃ねぇは風を操ると私の服や髪にあてた。


「ごめんねみかげちゃん、十五分じゃ靴までは乾かなそうだわ」

「大丈夫、ありがと。革のブーツだし仕方ないよ」

「ここにあるスリッパ、借りちゃいましょうか。足が冷えたらよくないわ」


 と言って瑠璃ねぇがベッドの隅に置いてあったスリッパを持ってきてくれる。

だけど私が一向に靴を脱がないから、瑠璃ねぇは不思議そうに私を見つめた。


「どうしたの?」

「あのさ、私帰るよ」

「え……っと、どうして? もしかして具合が悪い?」


 私は首を横に振った。

瑠璃ねぇは私の事を思ってリファラル制度に推薦してくれたんだろうけど……。

私はさっき感じた事を素直に話そう。


「私まだ何もできないから。ここに来るのに相応しい人間になってからまた挑戦したいんだ」

「私は、みかげちゃんが宝石師になるのに相応しいと思ったから推薦したのよ」

「瑠璃ねぇどうしたの? どうしてそんなに頑固になるの?」


 いくら魔力をたくさん集められる力があったって、コントロールできなければ害。

私はザマス先生が言っていた事にすごく納得してしまった。


 今瑠璃ねぇの力で魔宝石学校に入学できたとしても、きっとただみんなの邪魔をする。

その時どんなに惨めか、どんなに申し訳なくなるか……。

瑠璃ねぇには分からないんだ。


「みかげちゃん、よく聞いて」

「もう良いよ。私は瑠璃ねぇや琥珀ねぇとは違うんだもん。そんなに簡単にできないんだよ」

「そんな事ないわ」

「そんな事あるよ! 不器用な私の気持ちなんて分からないでしょ? だからもう放っておいてよ!」


 ……あ。

言い出したら止まらなくなってしまった。

本当はこんなこと言いたいんじゃなかったのに……。

だけど、今の私はなぜか大人になれない。


 下を向いていても瑠璃ねぇがハッと息を飲むのが分かった。

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