5-2


 ハーブキッチン開店二日目。

初日に大成功を収めたのもあって今日は開店と同時にお客さんが列を作ってくれた。


 それでも午後一時には人がまばらになってきて、私も隙間を見て休むことができている。


「……レモネードを一つ」


 カウンターの陰でお水を飲んでいると、ボソッとお客さんの声が聞こえてきた。


「はい! いらっしゃいま……せ?」


 あれ?


 急いでカウンターに出たけれど誰も見当たらない。

首を傾げてぼーっとしてるとコツンとカウンターにお金を置く音が聞こえて、いつの間にか目の前に人がいるのに気づいた。


 全身真っ黒の服で前髪は口元まで伸びっぱなし、骨かと思うくらい細くて背が高い死神のような男だ。

更に両肩に何かモサモサしたものが大量にいる。

黒くて淡く艶光りしてて……何だろう?


 と思ったら、それは一斉に私の方を振り向いた。

カラスだ。


「ギャーーッ!?!?」


 黒いものの正体がまさか生き物だと思わなくて、驚いた私は大声をあげてしまった。

その声に周りもギョッとして、そばにいた人たちが辺りを警戒しながら私の周りを囲む。


「何かあったの!?」

「不審者か!?」

「みかげちゃーーんッ!? 大丈夫!?」


 更にオフィスにいるはずの瑠璃ねぇまで駆けつけてきた。

すごい速さだ。


「瑠璃ねぇ! だ、大丈夫。すみません、カラスに驚いてしまって……」


 黒ずくめの男性は表情が読めない感じで棒立ちしていたけれど、私が謝るとひとつだけ頷いてくれた。


 状況が分かったみんなもホッとして、半分くらいの人はそれぞれ元の場所に戻って行った。

そしてもう半分は遠巻きに私たち……というより瑠璃ねぇに視線を向けていた。

瑠璃ねぇは美人だしスタイルも良いから魔法省の中でも一際目立っている。


「すぐに用意しますね」


 私は心を落ち着かせてからジュースサーバーからカップにレモネードを注いだ。

あとはスライスしたレモンとミントを添えて……よし。


「お待たせいたしました!」


 私がレモネードを差し出すと、黒ずくめの男性はそれを受け取って静かに去って行った。

お礼を言いながら何気なくそれを目で追っていると、なんと彼は柱の影のところで溶けるように姿を消した。


 もしかして、今のは影の魔法?

だからカラスを連れていたんだ!


 カラスから採れる魔力は闇の中に紛れる力があると言われている。

影の魔法は解明されていないことも多く、魔法師の中でも使える人は珍しいらしい。

彼の風貌からも余計に得体の知れない雰囲気が漂っていた。


「みかげちゃん、安心して。彼は魔法省の職員よ。あまり姿を出さないから私もよくは知らないけれど、みんなにはカラスって呼ばれているわ」

「そうなんだ」


 私が困惑しているのを察して、そばで見守っていた瑠璃ねぇが話しかけてくれた。

カラスさんか。謎な人だ。


「み、三日月さん! その子とどういう関係なんですか?」

「僕も気になってました!」


 ふと、そばで様子を伺っていた男性達が瑠璃ねぇに話しかけた。

瑠璃ねぇは少しその男性を見つめた後、にっこりと笑顔を返す。


「妹です。この通り料理が得意で家のことは一人で全部こなしてしまうし、いつも一所懸命で元気で可愛くて優しくて、とーーってもいい子なんですよ!」


 謎に瑠璃ねぇの声がでかいし圧がすごい。

まるでその場の全員に聞かせているような勢いだ。

質問した男性達も少しあっけに取られたような顔をしていたけれど、興味の方が勝ったのか目をらんらんとさせて私を見た。


「なるほど、優秀なんですね。琥珀さんの他にもう一人妹さんがいらっしゃるとは思わなかったなぁ」

「君、お名前は?」

「みかげです」

「みかげちゃんはどうしてここで売店をやっているの? 社会勉強かな?」


 他の人たちまで集まってきて、瑠璃ねぇの影響力の強さが伺える。

まぁ、こういうのは慣れてるけど。


「えっと、私は」

「働くことに理由がいりますか? やりたいからやる。それだけのことです」


 私が答える前に瑠璃ねぇが答えた。

瑠璃ねぇ、そんな言い方してどうしたんだろう?


 突き放すように言われた周りの人たちは渋い顔をしている。

瑠璃ねぇが悪く思われないか心配だ。


「あのっ! 私はお金を稼ぎたくてお店をやっているんです」

「あぁ、そうか! もしかして私立の魔法学校に通っているんだね。私立は設備は良いけど学費が高いからなぁ」

「自分で学費を稼ぐなんて志が高いわ。私関心しちゃった」

「え? 私、魔法学校には行っていないというか、退学になりました」


 その言葉が反射的に出たとたん、辺りが静まり返る。

隣にいる瑠璃ねぇの呼吸も一瞬止まったような感じがした。

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